墨攻

新宿ミラノ1 ★★

■1人の男が買って出た無駄な戦の顛末。「墨守」ならぬ「墨攻」とは

「墨守」という言葉にその名をとどめる墨家のある人物を主人公にした歴史スペクタクル大作。

墨家は中国の戦国時代(BC403~BC221)の思想家墨子を祖とし、鬼神を信じ「兼愛」(博愛)と「非攻」(専守防衛)などを説いた実在の思想集団。最盛期には儒教と並ぶほどの影響力を持っていたらしいが、歴史の舞台から姿を消してしまったこともあり(謎の部分が多い)、儒家を批判したことで知られるものの、孔子などに比べると一般的には馴染みが薄いようである。

墨家の思想は今の時代でもかなり興味深いものだ。この作品では、それをさらにすすめて「非攻」を「墨守」でなく「墨攻」としたのだから、当然そこに言及すべきなのに、映画を見た限りではあまりよくわからない(大元の酒見賢一の小説も、森秀樹のマンガも知らないのでその比較も出来ないのだが)。

趙が燕に侵攻を開始。両国に挟まれた小国の梁(架空の国)がその餌食になるのは間違いなく、梁王(ワン・チーウェン)と息子の梁適(チェ・シウォン)は墨家に救援を求めていた。巷淹中(アン・ソンギ)率いる10万の大軍の前に、住民を含めても4千にしかならない梁王は降伏を決意するが、その時墨家の革離(アンディ・ラウ)が1人で梁城に現れ、趙の先遣隊の志気を殺ぐ1本の矢を放つ。

革離の見事な腕前と、趙の狙いはあくまで燕であり、1ヶ月守りきれば必ず趙軍は撤退するという彼の言葉に、梁王は革離に軍の指揮権を与え、革離の元、趙との攻防戦が繰り広げられることとなる。

説明を最小限にした、いきなりのこの展開は娯楽作にふさわしい。ただ、そのあとの籠城戦は意外にも見せ場が少ない。時代的な制限や、すでにこの手の戦は描き尽くされているため目新しさがないということもあるだろうが、それにしてもなんとかならなかったのだろうか。

例えば、革離は梁城の模型を前に戦略を練る場面がある。こんなものがあるのなら、観客の説明にも利用すべきなのに、それが中途半端なのだ。現在の城と同じ寸法のものをもう1つ造るのも、ワクワクするような説得力がないため盛り上がらず、工事の過程が住民の結束力を高めたという程度にしかみえない。敵は必ず水源に毒を入れるだろうという予測には、城内に井戸を掘るという対策(それも言葉の説明だけ)で終わってしまうといった案配だ。集めた家畜の糞をまいておき火矢を防いだのにはなるほどと思ったが、アイデアとしてはあまりに小粒。中国お得意の人海戦術で、軍隊にあれだけの頭数を揃えてきたのだからそれに見合うものを用意してもらいたいところだ。

被害が甚大な趙軍は1度退却せざるをえなくなるのだが、逆にここから革離の苦悩がはじまることとなる。作戦が成功したことにより革離の人望が高まると、梁王や重臣たちの嫉(そね)みをかこち、指揮権を奪われて追放されるだけでなく、革離と親しくなった人々にまで粛正の手が及んでしまう。

戦術に秀でながら、政治にも愛にも疎いという革離なのだが、しかしここは墨家の徒として、戦術以外でも毅然たる態度を示してほしいのだ。いい年をして若造のように苦悩していたのでは、「墨攻」にまで論が進まないではないか。

親しくなっていた騎馬隊の女兵士逸悦には、一生お側にいたいと迫られるが、革離がはっきりしないでいると、兼愛を説くが愛を知るべき、と痛いところを突かれてしまう。彼女は革離を擁護する発言をしたことで、梁王に馬による八つ裂きの刑を言いわたされる。趙軍の熱気球(お、やるじゃん)による奇襲でそれはまぬがれるが牢が地下水路の爆発で水浸しになり、声帯を奪われていたため声が出ず、革離の救いの手が届くことなく悲惨な最期をとげる(ここの演出は少し間が抜けている)。

この話ばかりでなく、それ以前にも梁適の死、黒人奴隷、子団のラストシーンでの扱い(刀を捨て去っていく)など、盛り沢山の挿話のどれもが戦の虚しさを通して「墨攻」を語る要素であるのに、そうなっていないのは先に述べた通りである。

革離がただ1人でやってきたのは、案外彼の理想論が未熟だということを他の墨家が見抜いていたからとかねー(これについては墨家が要請に応じなかったという簡単な説明しかなかった。つまり、この説はまったくのでっち上げです)。

暴政で梁は5年後に滅びることや、革離が孤児と共に諸国を渡り歩き平和を説いたという説明はつくものの、映画は逸悦の死ばかりか、いやらしい梁王の勝利、と苦い結末で終わる。

 

【メモ】

「墨子」については、松岡正剛千夜千冊が参考になった。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0817.html 

革離の放った矢は格段に飛距離の出るもので、矢には工夫がしてあるのだが、この細工だと余計飛ばなくなってしまうのではないかと心配になってしまうようなもの。

妻子を連れて逃亡をはかる農民たちもいた。趙軍に捕まった彼らから、革離の存在が巷淹中の知るところとなり、革離との盤上の戦い(将棋のようなもの)が行われる。ただし、これは意味不明。単なる当時の儀式みたいなものか。

梁適は、革離が子団を弓隊の長に選んだことに反発し、2人の弓の争いとなる。

趙軍の奇襲で梁王は降伏。革離は民を救おうと城に戻り巷将軍との対決を演出するが、その巷将軍を梁王は非情にも矢攻めにしてしまう。

原題:A Battle of Wits

2006年 133分 シネスコサイズ 韓国、中国、日本、香港 日本語字幕:■

監督・脚本:ジェィコブ・チャン アクション監督:スティーヴン・トン 製作:ホアン・チェンシン[黄建新]、ワン・チョンレイ[王中磊]、ツイ・シウミン[徐小明]、リー・ジョーイック[李柱益]、井関惺、ジェィコブ・チャン 製作総指揮:ワン・チョンジュン、スティーヴン・ン、ホン・ボンチュル 原作:森秀樹漫画『墨攻』、酒見賢一(原作小説)、久保田千太郎(漫画脚本協力) 撮影監督:阪本善尚 美術:イー・チェンチョウ 衣装:トン・ホアミヤオ 編集:エリック・コン 音楽:川井憲次 照明:大久保武志
 
出演:アンディ・ラウ[劉徳華](革離)、アン・ソンギ[安聖基](巷淹中)、ワン・チーウェン[王志文](梁王)、ファン・ビンビン[范冰冰](逸悦)、ウー・チーロン[呉奇隆](子団)、チェ・シウォン[・懍亨・吹n(梁適)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です