100,000年後の安全
2011年05月04日 水曜日
ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1 ★★★
■10万年という単位
今回の原発事故で、秋の公開予定が繰り上げられたとあるが、NHKのBSではすでに放映されたもののようだ(テレビはほとんど見ないし、そもそもというか、だから、BSも契約していないので何も知らないのだが)。
原発が安心かどうかという議論は、議論にならないと思っている(注1)ので、食指は動かなかったが(なら観るな、ってね。はは)、映画はそこのところは、安全など論外と素通りしていて(なんと正しいことか!)、危険極まりない放射性廃棄物が安全になるまでの10万年間、人類はそれを管理できるのかということを、フィンランドの地下最終処分場に関わった人たちにあれこれ語らせている。
興味深いのは、10万年の保存が可能かどうかではなく(固い岩盤がそれを可能にしていると、建設を始めたのだから信じているわけだが、ここは疑わなくてもいいのだろうか)、その間に未来の人類がそれを掘り起こしはしないか、あるいはそれが危険なものだということが伝わるだろうかという問い掛けだ。
とにかく10万年である。何も考えず未来の人類と書いてしまうのであるが、果たして10万年後に人類は存在しているのか。いたとしても言語や思考回路、そして外見だって違っていると考えるべきなのだろうが、10万年という単位に思いをめぐらしたことなどないから、皆目検討がつかない。
SFの世界では何世代もかけて星間移動するという話がよくでてきて、当初の目的が忘れ去られていたり、自分たちが巨大宇宙船にいるということすら分からなくなっていたりするが、10万年というのはそれどころではない単位、らしい。もちろんそういったSFも沢山あって、私も少しは読んでいるはずだが、自分たちが出した廃棄物をどう保管するかと考え出すと妙に現実を引きずってしまって、お気楽に(大好きなSFを卑下してるようで心が痛むが)SFを読んでいるようなわけにはいかなくなる(だからって、100年後なら責任を感じるかといわれると、それでも答えに窮してしまうのだが)。
原子力の厄介さは、今回の事故で嫌というほど思い知らされたが、この映画を観ると、厄介とかいうレベルの話ではなく、10万年という物差しを持っていない今の人類が扱ってはいけないものだということがよーくわかるのである。
映画の評価からは離れてしまったが、まあドキュメンタリーなんで、いいとしよう。問い掛けの部分では目を開かれたし、無機質で洗練された映像も楽しめた。もっともこの映像美は、地下施設のデザインに負うところが大きいだろうか。
http://www.uplink.co.jp/100000/
↑オフィシャルサイトだが、ここにある予告篇だと10万年後にあまり触れていないのだが。
http://www.youtube.com/watch?v=qoyKe-HxmFk&feature=related
Into Eternity – Trailer 予告篇も作り方でいろいろになる。
ONKALO
施設のことだけならこの映像でもかなりのことがわかる。
http://www.jsce.or.jp/committee/rm/News/news8/Onkalo.pdf
映画とは別に、こんな文書もネットにあった。関係者にはフィンランドの処分場ことはよく知られているのだろう。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=jXNyEiw28D0#at=18
The €/Helsinki underground Master plan [Watch it to Believe it]
上の映像は、ヘルシンキの地下都市の様子。
放射性廃棄物には近寄ってはいけない=掘り起こしてはいけない、と映画の中でも言っていたが、フィンランドの地下利用は半端じゃないので(映画でこのことに触れてないのは、フィンランドの人たちには自明のことだからだろう)、10万年もの間にはニアミス?だって起きるのではないかと心配になる(処分場は、ヘルシンキからだと240kmも離れた島らしいが……)。
注1:作ったもので壊れないものはないのだから、安全などということを言うこと自体がおかしいのだ。何であれリスクはあるのだからこれはむろん極論ではあるが。とはいえ「安全」とか「事故はおきない」という姿勢や説明がまかり通ってきたのは驚きといほかない(それを見過ごしてきた我々の責任も大きい)。で、事故はおきるものという前提に立ったとしても、原子力発電の場合、他の事故と違って簡単に修復作業に入れないという問題がある(アシモ君が人間と同程度の働きができるようになれば、少しは違ってくるだろうが、それにしても放射能の拡散という問題はなくならない)。
5/27追記:今日、知人に見せてもらった資源エネルギー庁のパンフレットにも地下貯蔵所の記述があった。が、その場所は「公募中」になっている。要するに、決まらないし、どころか決められないということなんだろう。固い岩盤があるにもかかわらず10万年後の心配をしているフィンランドに比べ、地震国日本の原子力政策には、根本的な視点がまったくないようである。
2009年 79分 デンマーク/フィンランド/スウェーデン/イタリア ビスタサイズ 配給:アップリンク
監督・脚本:マイケル・マドセン 脚本:イェスパー・バーグマン 撮影:ヘイキ・ファーム 編集:ダニエル・デンシック
出演:T・アイカス、C・R・ブロケンハイム、M・イェンセン、B・ルンドクヴィスト、W・パイレ、E・ロウコラ、S・サヴォリンネ、T・セッパラ、P・ヴィキベリ
2010年パリ国際環境映画祭グランプリ
2010年アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭 最優秀グリーン・ドキュメンタリー賞受賞
2010年コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭 有望監督賞受賞
さんかく
2010年07月04日 日曜日
テアトルダイヤスクリーン2 ★★★★
■男の馬鹿なところ
勘違いはしちゃいそうだが、けれど、あそこまでしつこく桃のケータイに留守電を入れ続ける百ちゃんは、本当に馬鹿なのだった 。映画を観ている私は少しは冷静だから、こんな行動はありえない気もしたのだけれど、桃とキスまでしちゃったのなら、やはりそうしちゃうんだろうか。
で、そんな馬鹿な百ちゃんをいつまでも好きな佳代が、こちらも相当馬鹿なのだけど、だんだんいじらしく思えてくるのは、映画を観ている限りでは冷静な私も、実は(というより当然)馬鹿だったりするわけで……。
最後の方に、百ちゃんがはるばる佳代の田舎を訪ねてきた真相を、佳代に知られてしまう何ともうまい場面がある。二人を前に選択を余儀なくされるようなラストもいい感じだ(ま、実はその直前に百瀬にも自分が大切にしなくてはいけないものは何かはわかるのではあるが)。
この理詰めの展開が効いているのだが、観ている時にそういう印象が少しもないのは、いかにも吉田恵輔監督らしい、と言っていいのだろうか。
百ちゃん、佳代、桃の三人が、三人共ストーカー(桃のは、百ちゃんや佳代に比べれば多少軽症ではあるが)に走ってしまうっていうのもおかしくって、そしてちょっぴり悲しくもある。
監督・脚本・照明:吉田恵輔 プロデューサー: 有重陽一、三浦剛、深津智男、曽我勉 企画:石田雄治 撮影:志田貴之 美術:藤田徹 編集:松竹利郎 音楽:佐々木友理 主題歌:羊毛とおはな『空が白くてさ』 スタイリスト:小里幸子
出演:高岡蒼甫(百瀬)、田畑智子(佳代)、小野恵令奈(桃)、矢沢心(佳代の友人)、大島優子、太賀、赤堀雅秋
2009年 映画ベスト10
2010年01月04日 月曜日
173本(日本映画66本、外国映画107本)の09年鑑賞数(内短篇6、DVD等は0)からの選出(明らかな旧作は除外した)。
結局ブログは去年も8月のはじめで挫折したまま(短評にして再挑戦という構想だけはあるのだが)。で、書き残しておかないと恐るべきスピードで記憶が薄れていく……。
なんで、今回は観た時の気分、つまりその時つけた★の評価を優先して、わりと機械的に選いる(10以外の作品は観た順)。評価を変えたくなったものもあるが、そんなことをやりだしたらキリがないのでね。どうせ目配せの行き届いたベスト10など選べないのだからいっそ潔く(にしてはうじうじしてるよなぁ)。
日本映画
1 ディア・ドクター(西川美和)
2 ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ(根岸吉太郎)
3 重力ピエロ(森淳一)
4 少年メリケンサック(宮藤官九郎)
5 罪とか罰とか(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)
6 インスタント沼(三木聡)
7 誰も守ってくれない(君塚良一)
8 ヤッターマン(三池崇史)
9 禅 ZEN(高橋伴明)
10 沈まぬ太陽(若松節朗)
1は★★★★☆。2から5までが★★★★。6からは★★★☆。番外の★★★☆は『サマーウォーズ』(細田守)、『しんぼる』(松本人志)、『ホッタラケの島 遥と魔法の鏡』(佐藤信介)。★★★は『旭山動物園物語 ペンギンが空を飛ぶ』(マキノ雅彦)、『今度の日曜日に』(けんもち聡)、『劔岳 点の記』(木村大作)、『宮本武蔵 双剣に馳せる夢』(西久保瑞穂)、『色即ぜねれいしょん』(田口トモロヲ)、『ノーボーイズ、ノークライ』(キム・ヨンナム)、『湾岸ミッドナイト THE MOVIE』(室賀厚)、『クヒオ大佐』(吉田大八)、『こまどり姉妹がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』(片岡英子)、『サイドウェイズ』(チェリン・グラック)、『大洗にも星はふるなり』(福田雄一)、『ゼロの焦点』(犬童一心)
外国映画
1 愛を読むひと(スティーヴン・ダルドリー)
2 アバター(ジェームズ・キャメロン)
3 母なる証明(ポン・ジュノ)
4 レスラー(ダーレン・アロノフスキー)
5 チェイサー(ナ・ホンジン)
6 グラン・トリノ(クリント・イーストウッド)
7 チェンジリング(クリント・イーストウッド)
8 ダウト あるカトリック学校で(ジョン・パトリック・シャンリィ)
9 レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで(サム・メンデス)
10 ザ・バンク 堕ちた巨像(トム・テイクバ)
1から3は★★★★☆。4以下は★★★★。10にもれた★★★★は『ウォッチメン』(ザック・スナイダー)、『ワルキューレ』(ブライアン・シンガー)、『イングロリアス・バスターズ』(クエンティン・タランティーノ)、『私の中のあなた』(ニック・カサヴェテス)。★★★☆は『英国王給仕人に乾杯!』(イジー・メンツェル)、『ティンカー・ベル 日本語吹替版』(ブラッドリー・レイモンド)、『チェ 28歳の革命』(スティーブン・ソダーバーグ)、『チェ 39歳 別れの手紙』(スティーブン・ソダーバーグ)、『ディファイアンス』(エドワード・ズウィック)、『フロスト×ニクソン』(ロン・ハワード)、『スラムドッグ$ミリオネア』(ダニー・ボイル)、『コネクテッド』(ベニー・チャン)、『湖のほとりで』(アンドレア・モライヨーリ)、『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』(ウェイン・クラマー)、『ジェイン・オースティン 秘められた恋』(ジュリアン・ジャロルド)、『インフォーマント!』(スティーブン・ソダーバーグ)、『ジュリー&ジュリア』(ノーラ・エフロン)、『2012』(ローランド・エメリッヒ)
こうして選び出してみると、外国映画の方が★半個分(☆)評価が高くなってしまうようだ。世界を相手にしたらそれも致し方なしか(もっとも日本と世界を区別する垣根も次第になくなっていくだろうから、そのうち同じ土俵で評価することになるのかなぁ)。
MW ムウ
2009年08月02日 日曜日
2009/8/2 新宿ミラノ3
■成立しない、毒ガス暴走人間物語
脚本も駄目なら演出も駄目。なんで、書く気がしないのだが……。
十六年前に沖之真船島で、米軍の毒ガス兵器「MW」が微量ながら流出し、島民が虐殺されるという事件が起きるが、その真相は政府により闇に葬られたはずだった。が、島から奇跡的に逃げ延びた二人の少年がいて、彼らが大人になった今、二人はまったく正反対の道を歩んでいたのだった。結城美智雄は優秀な銀行員で、しかし裏では復讐に生きる悪魔のような存在となり、賀来裕太郎は神に身を捧げる神父となっていた……。
映画が駄目なのは、何故二人がそうなったかという部分で手を抜いたからで、二人の関係に踏み込めていないことにある。もちろん一通りの説明はあって、結城が賀来を助けた時にMWを吸ってしまい、死には至らなかったものの後遺症が残ってしまったことが、賀来の結城に対する遠慮となっているとしている。
結城のそれが後遺症というのなら、MWには殺人科学兵器だけではなく、人を悪へと走らせる効果があることになる。ここだけを膨らませても話としては面白くなりそうなのだが、そういうところは軽く流してしまっているので、ドラマは深化せず、どころか成立していない部分までいくつもあって、ただただ結城が暴走していくだけの映画になっていた。
賀来が言うように「人間ではなくなった」結城は、自分たちをこんな目に合わせた者たちへの復讐の鬼と化す。そして、最初は関係者の殺害だったのに、MWを手に入れてからは世界の滅亡へと結城の目的が変わってしまうのだが、ここだって説明不足だろう(「お前にはわからないだろうが、異様に喉が渇くんだ」と賀来には言っていたが)。
原作の主眼は、二人の対比にあったと思われる(MWという毒ガスの名前もそれをイメージして付けられたのだろう。カタカナのムとウもアルファベットと同様、相似形になっているのが面白い)。だから、本来なら半分は賀来の映画なのに、彼は結城の前ではなすすべもなく(時には片棒まで担がされ)苦悩するばかり……って、苦悩している場合じゃないだろうに。いくら山田孝之を配して玉木宏とのキャスティング的なバランスをとっても(とれているかどうかは私にはわからないが)、これではどうしようもない。
人間ドラマの部分を捨て、アクション映画として割り切ったのだろうか。だったらこの原作を選んだ意味がないではないか。ポスターには「手塚治虫、禁断の問題作」という字があるが、禁断の部分(結城と賀来の同性愛)を描かないで、問題作とは恐れ入る。
しかもアクション映画として評価できるのは、冒頭のタイでの捕り物劇(沢木はいいところで結城を逃がしてしまう)と小型飛行機がビルに翼をぶつけながら飛んでいく場面くらいなのだ。それにタイの場面は、終わってみると浮いてしまっていて、取って付けたような印象だ。
沖之真船島でのMWの発見や、そこで米軍のヘリに攻撃を受ける場面(隠れ場所もないのに、逃げられっこないって)、また、米軍の東京基地への潜入など、あまりに都合よく展開してしまうため、いろいろなことは起きるが大して盛り上がらない。
セリフも大袈裟だ。賀来が記者の牧野(彼女も別の方向からMWに迫っていた)に言う「国家が僕たちを脅そうとしているんじゃなくて、彼(結城)が国家を脅そうとしているんだ」とか、結城の沢木に言うセリフ「撃ちたければ撃て、ただ撃てば、あなたが歴史的な犯罪者だ」は、大袈裟だけでなくピントまでずれている。
沢木が米軍基地に乗り込んで行くと「君たちの争いだ。君たちで解決してくれ」と言われてしまうのだが、米軍が大いに関わっている事件で、それも基地内でのことに、こんな鷹揚にしてくれるだろうか(沖之真船島では侵入者をヘリで射殺しようとしていたわけだし)。
最後は、結城が生き延びての犯行予告(予行演習)なんだけど、まさか続編を作る気じゃないよね。
岩本仁志監督のことは知らなかったが、調べてみると日本テレビの演出家で、その前はフジテレビでも演出を手がけていて、相当数のドラマにかかわっていたとある。テレビドラマの延長らしいが『明日があるさTHE MOVIE』(2002年)という映画まで監督しているのだ。で、この醜態なの?
例えば、これは予告篇でいくらでも観ることが出来るのでサイトに行って確認してほしいのだが、結城がビルの屋上から落とした人間が下のトラックに激突する場面がある。屋上からのカットだと、下には人通りはほとんどないし、トラックも停車していないんだよね。第一突き落とされたのではなくロープを切られての落下なのに、歩道ではなくトラックが停車している車道にどうしたら移動できるのだろう。
筋が繋がっていればいいくらいの感覚で、適当に撮っているのだとしたら、いい作品など出来るはずがない。監督は猛省すべきだ。
2009年 130分 シネスコサイズ 配給:ギャガ・コミュニケーションズ PG-12
監督:岩本仁志 製作:松崎澄夫、宇野康秀、白井康介、阿佐美弘恭、堀越徹、李于錫、樫野孝人、松谷孝征、竹内茂樹、久松猛朗、島村達雄、菅野信三 プロデューサー:松橋真三 エグゼクティブプロデューサー:橘田寿宏 原作:手塚治虫 脚本:大石哲也、木村春夫 撮影監督:石坂拓郎 Bカメ撮影:迫信博 特殊メイク:飯田文江 美術:太田喜久男 編集:浅原正志 音楽:池頼広 主題歌:flumpool『MW ~Dear Mr.& Ms.ピカレスク~』 VFXスーパーバイザー:田口健太郎 スクリプター:湯沢ゆき スタイリスト:村上利香 スタントコーディネーター:釼持誠 ヘアメイク:細川昌子 照明:舘野秀樹 整音:佐藤忠治 装飾:竹内正典 録音:原田亮太郎 助監督:戸崎隆司
出演:玉木宏(結城美智雄/銀行員)、山田孝之(賀来裕太郎/神父)、石田ゆり子(牧野京子/新聞記者)、石橋凌(沢木和之/刑事)、山本裕典(溝畑/新聞記者、牧野の部下)、山下リオ(美香)、風間トオル(三田/新聞記者、牧野の同僚)、鶴見辰吾(松尾/望月大臣の秘書)、林泰文(橘誠司/刑事、沢木の部下)、中村育二(岡崎俊一/建設会社役員)、半海一晃(山下孝志/銀行員、結城の上司)、品川徹(望月靖男/大臣)、デヴィッド・スターズィック
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