ニセ札

テアトル新宿 ★★

■ニセ話

題名を聞いただけでワクワクしてしまうような面白い題材を、よくも屁理屈だけで固めた実体のない映画にしてしまったものだと、大がっかりなのだった。

そもそも兌換券でなくなった(金本位制度から管理通貨制度になった)時点で。お札という胡散臭いものの正体はもっと暴かれてもいいはずだったのではないかと思うのだが(って、よくわかってないのにテキトーに書いてます)、当時の人々は利便性という部分だけでそれを受け入れてしまったのだろうか。それとも国家の存在が下々にもゆき渡っていたからこそ、兌換券(これだって疑ってかかったら似たようなものだが)でなくとも大丈夫と権力者たちは踏んだのか。

偽札というのは向こうがその気ならこっちだってという、覚悟のいった犯罪と思うのだが、映画は、裁判で佐田かげ子教頭に「正直言ってあんまり悪いことをしたって気にならない」と、いとも簡単に言わせてしまっている。

いや、まあ、それでもいいのだ。感覚的には「悪いことをしたって気にならない」でも。しかし、それだけなら結局は自分たちだけがよければいいという抜け駆けでしかなくなってしまうので、「(お札は)やっぱり人間が作っているものだな」とか「国家がお金の価値を決めるんですか」などと、いくらはしゃがれてもエールは送れない。

かげ子にこの言葉をどうしても使わせたいのであれば、偽札テストの買い物(この役も自分から買ってでているのだ)で、本物のお札で支払いをすませてしまってはまずいだろう。実行前に「立派に通用した暁には、村の人たちに配らせてもらいます」と言わせているのだから。あくまでその場になったらびびってしまったという描写であるなら、他の場面を考えるべきではなかったか。あるいはテストは、他の人間にやらせればよかったのだ。

今書いてきたことをまとめると、自分が使えない偽札を配って、で、結局捕まって、裁判で一人気炎を上げられても困ってしまう、ってことになる。捕まって裁判で一席ぶつのがかげ子の目的だったというのなら話は違ってくるが、でもたとえそうだったにしてもねぇ。もっと逡巡した上での彼女の述懐であったなら、まだ耳を傾けることができたかもしれないのだが……。

裁判には知的障害のある哲也もきていて、傍聴席から偽札の紙ヒコーキを飛ばしてしまう。そのあと偽札を大量にばら撒いて目の色を変えた傍聴人たちの大騒ぎになるのだが、この場面も途中の論理がよれよれだから、勝手に騒いでいるだけという印象で終わってしまう。哲也の悪戯書きのお札も含めて、金と名がつくものにはすぐ踊らされてしまう人間模様を描きたかったのだろうが。伏線もなく紙ヒコーキを飛ばされてもなぁ。

主犯格の戸浦の「偽札で誰が死にます。お国が偽札作って僕らが作ってあかんということはないやろ」とか「偽札を作るつもりはない。これから作るのはあくまで本物。みなさんもそういう心構えで」というセリフも、威勢はいいがこれまた言葉だけという感じで、それに、人も死んじゃうわけだし。こんなことなら実際にあった偽札事件を、妙な解釈は付けずに忠実になぞっていっただけの方が、マシなものが出来たのではないか。

もう一つ。かげ子本物の札を試作品と偽ったことで資金調達(高価な印刷機が必要なのだが、購入して村に運び込んだりしたらすぐ足がつきそうだ)がうまくいき始めるのだが、本物を加工したもの(偽札に近づけるわけだ)と比べさせたとかいうような説明を加えないと、説得力もないし面白くなっていかないと思う。

主張は上滑り(ちっともなるほどと思えないのだな)でも偽札団内の人物造型は悪くない。が、村人と偽札団との関係はもう少し何かないと大いにもの足りない。これこそ描くべきものだったはずなのだ。

2009年 94分 ビスタサイズ 配給:ビターズ・エンド

監督:木村祐一 製作:山上徹二郎、水上晴司 企画:山上徹二郎 脚本:向井康介、井土紀州 共同脚本:木村祐一 撮影:池内義浩 美術:原田哲男 編集:今井剛 音楽:藤原いくろう 主題歌:ASKA『あなたが泣くことはない』 照明:舟橋正生 美術プロデューサー:磯見俊裕 録音:小川武

出演:倍賞美津子(佐田かげ子/小学校教頭)、段田安則(戸浦文夫/庄屋、元陸軍大佐)、青木崇高(中川哲也/かげ子に育てられた知的障害のある青年)、板倉俊之(大津シンゴ/かげ子の教え子)、木村祐一(花村典兵衛/写真館館主)、村上淳(橋本喜代多/紙漉き職人)、西方凌(島本みさ子/大津の愛人、飲み屋の雇われママ)、三浦誠己(小笠原憲三/戸浦の陸軍時代の部下)、宇梶剛士(倉田政実/刑事)、泉谷しげる(池本豊次/住職)、中田ボタン(商店の店主)、ハイヒールリンゴ、板尾創路(検察官)、新食感ハシモト(青沼恭介/小学校教員)、キムラ緑子、安藤玉恵、橋本拓弥、加藤虎ノ介(森本俊哉/刑事)、遠藤憲一(裁判官)

マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと

新宿武蔵野館1 ★★☆

■犬と生きた幸せな時間

副題と予告篇とで観る気を失っていたのだが(なのに観たのね)、意外にもしっかりと作られた映画だった。お話しはありきたりながら、犬と暮らした年月に重ね合わせた人間の時間を丁寧に綴ったことで、ジョン・グローガンという男の壮年期を描くことに成功している。

幸せな結婚、記者に憧れながらコラムニストに甘んじるジョン、仕事をあきらめ子育てに専念するジェニー……。どこにでも転がっている話だ。誰もが想い描いた人生を生きられるわけではないのだ。が、志を曲げたからといって必ずしも不首尾な人生というわけではないのだよ、とほんわりと包んでくれる。

それはそうなのだろう。私だって異議を唱えることではないことくらいわかっているつもりなのだが、けれど、これをそのまま映画として提出されると、いくら丁寧に作られているとはいえ、多少の疑問を感じざるをえない。実際のところ、平凡の中に幸せを見つけることは、そんなに簡単なことではないし、それこそが素晴らしいことなのだとは思うのだが……。

子供を育てるには予行演習必要だという記者仲間のセバスチャンの助言で、ジョンはラブラドール・レトリバーの子犬をジェニーの誕生日にプレゼントする。けど、このマーリーが馬鹿犬で……。まあ確かにそうなんだが、それは躾ができているかどうかという人間の都合だからなぁ。それでも、溺愛しちゃうんだろうね、わかるよな、ジョンたちの気持ち。

子犬のマーリーが海岸を全力で走る姿がとても素敵に撮れていた。

原題:Marley & Me

2008年 118分 シネスコサイズ 配給:フォックス映画 日本語字幕:松浦奈美

監督:デヴィッド・フランケル 製作:カレン・ローゼンフェルト、ギル・ネッター 製作総指揮:アーノン・ミルチャン、ジョセフ・M・カラッシオロ・Jr 原作:ジョン・グローガン『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』 脚本:スコット・フランク、ドン・ルース 撮影:フロリアン・バルハウス プロダクションデザイン:スチュアート・ワーツェル 衣装デザイン:シンディ・エヴァンス 編集:マーク・リヴォルシー 音楽:セオドア・シャピロ

出演:オーウェン・ウィルソン(ジョン・グローガン)、ジェニファー・アニストン(ジェニー・グローガン)、エリック・デイン(セバスチャン・タンニー)、アラン・アーキン(アーニー・クライン)、キャスリーン・ターナー(ミス・コーンブラッド)、ネイサン・ギャンブル、ヘイリー・ベネット、クラーク・ピータース、ヘイリー・ハドソン、フィンリー・ジェイコブセン、ルーシー・メリアム、ブライス・ロビンソン、トム・アーウィン、アレック・マパ、サンディ・マーティン、ジョイス・ヴァン・パタン