ララピポ

新宿ミラノ2 ★★

■目指せ!下半身目線人間図鑑

一生地べたに這いつくばって生きる人間とそこから逃げだし高く高く登りつめる人間、セックスするヤツとそれを見るヤツ、平和をけがすゴミどもと平和を守る正義の使者、100万人に愛される人間と誰にも愛されない人間、と冒頭からくどいくらいに「この世界には2種類の人間しかいない」と繰り返すのだが、映画は、比較にこだわるのではなく、這い上がられずにいる方の人間たちに、下半身目線で焦点を当てた作品のようである。

スカウトマンの栗野健治は、デパート店員のトモコを言葉巧みにキャバクラの仕事に誘いヒモ生活に入る。

栗野の部屋の真下に住むフリーライターの杉山博は、長い間女性に縁がなく、自分の分身(ぬいぐるみ劇をされてもですねー)と不毛な対話を重ねる毎日だったが、ロリータファッションに身を包んだアニメ声優志望の玉木小百合と、「似たもの同士」のセックスをする。もっとも、「似たもの同士」は杉山の感想で、このセックスは隠し撮りを副業にしている小百合によって、デブ専の裏DVD屋に並ぶことになる。

カラオケボックス店員の青柳光一は、正義の味方となって悪(=エロ)と戦う妄想を膨らませるが、実体は近所の若妻の覗き見に励む、つまり悪とは到底戦えない情けないヤツで、カラオケボックスすらやくざに凄まれて、彼らのセックス拠点になってしまう。

普通に主婦業をこなしていたはずの佐藤良枝だが、気づいたらゴミ屋敷の主となっていた。キャバクラからソープ嬢と栗野の言うままに、でもそれほどの抵抗もなく転落?の道をたどってきたトモコがAV出演のため現場に出向くと、実の母の良枝が母親役で、2人は他人のふりを通したまま撮影にのぞむことにする。

青柳の放火現場を目撃した良枝は、ゴミ屋敷へも放火をしてくれと青柳を脅迫するが、夫が中で寝ていることを思い出し、火の中に飛び込んでいく。

映画の最後の方で、a lot of peopleが、ネイティブの発音だとララピポになるという種明かしがあってのこの内容で(栗野をはじめとした主な登場人物のそれぞれの年齢、名前、職業、年収が字幕で出てくる)、確かに出てくる人間が雑多なだけでなく、作りもポップでごちゃ混ぜ的だからa lot of peopleという感じはするのだが、でもどれもが中途半端で、誰にも感情移入できないとなると少々つらいものがある。

栗野とトモコの関係が恋になりそうな部分や、最後にはトモコがAV女優として大ブレークしたり、良枝が夫と共に病院のベッドにいる場面(助かったのね)などがあって、小さな幸せオチをつけてはいるのだが、それだけでは伝わってくるものがない。

『ララピポ』と題名で見得を切ったのだから、この調子で10本でも20本でも続編を作って、映画人間図鑑を目指してみたらどうだろう。そこまで撮り続けたら、もしかしたらとんでもない傑作が出来上がってしまいそうな気もするが、今のままだと『ララピポin歌舞伎町』(実際は渋谷のようだ)にすぎないでしょ。

それとも、この類型の中にあなたは絶対いるはず、とでも作者は言いたいのだろうか。そういえばトモコに入れあげていた区役所勤めの男とかもいたよな、ってあいつが私と認めたわけではないが、そこまで言われてしまうと、映画のどこかに自分がいたような気分にもならなくもないのだが……。

  

2008年 94分 ビスタサイズ 配給:日活 R-15

監督:宮野雅之 製作:佐藤直樹、水上晴司 プロデューサー:石田雄治、鈴木ゆたか、松本肇 原作:奥田英朗『ララピポ』 脚本:中島哲也 撮影:尾澤篤史 音楽:笹本安詞 音楽監修:近田春夫 主題歌:AI『people in the World』

出演:成宮寛貴(栗野健治)、村上知子(玉木小百合)、中村ゆり(佐藤トモコ)、吉村崇(青柳光一)、皆川猿時(杉山博)、濱田マリ(佐藤良枝)、松本さゆき、中村有志、大西ライオン、杉作J太郎、坂本あきら、インリン・オブ・ジョイトイ、林家ペー、林家パー子、佐田正樹、蛭子能収、山口香緒里、渡辺哲、森下能幸、勝谷誠彦、チャド・マレーン

悲夢

2009/2/14 新宿武蔵野館3 ★★☆

キム・ギドク、オダギリージョー、イ・ヨナンのサイン(監督のサインはこれだと切れちゃってますが)『悲夢』ポスター

■パズルとしては面白そうだが

ジンという男の見る夢が、ランという見ず知らずの女を夢遊病という行動に走らせるという、まあくだらない話。

くだらないのは設定だけじゃない。自分が眠ってしまうことでランに犯罪を起こさせてしまうことを知ったジンが、何とか眠らないように努力をするのだけれど、努力したってもねー。ランが殺人事件を起こしたあとには「もう絶対眠りません」とまで言っていたジンだけど、そしてそれはランを好きになったからにしても、幼稚すぎて失笑するしかないではないか。目を見開いたり、テープを貼り付けたりはコメディレベルだけど、頭に針や彫刻刀を刺したり、足をカナヅチで叩いたりは異常者でしょうが。

ジンは印鑑屋(芸術家?)で、ランは洋裁(デザイナー?)で食っているらしいから、もともと無関係な2人が時間帯をずらすのは(どちらかが昼夜を逆にすれば)そう難しいことではないはずなのに、眠るのを我慢しようとしたり(交替で寝ようとはしていたが、同じ時間帯でやろうってたってさ)、手錠を嵌めてランの行動を制限しようとするのだけれど、手錠の鍵を隠そうともしないから(何これ)、取り返しのつかないことになってしまう。

そんな細かいことに一々目くじら立てなさんな、とキム・ギドクは言いたいのだろう。なにしろオダギリジョーは最初から最後まで日本語のセリフで通してしまうし、もちろん劇中でそんなことに驚くヤツなど誰もいない、韓国が舞台でも日本語の通じてしてしまう映画なのだ。

あんまりな話(くだらなさには目をつむってもこの評価はかえようがない)ということを別にすれば、ジンの夢とランの現実という構造はなかなか興味深いものがある。ジンは別れた恋人が忘れられない。それが夢となって結実すると、眠りに中にいるランを夢遊病者に仕立て、別れた恋人に引き合わせることになる。ランは別れた恋人をものすごく嫌っているというのに。

ジンの元恋人は男が出来てジンをふったらしいのだが、その男というのはランがふった男で、つまりジンとランの元恋人同士が恋人という(ああややこしい)、入れ子のような関係になっているわけだ。最初に無関係な2人と書いてしまったが、ジンの夢で繋がっているだけでなく、現実でも間に1人置くようにして2人は繋がっているのである。

この4人が葦原にいる場面では、奇妙さよりも胸苦しさを覚えてしまう。思いは伝わらずねじれたように4人を行き来する。はじめこそ第三者のようにしていたジンとランだが、それぞれ影のように存在する同性に自分の姿を見てしまうのか、互いにその同性を慰めたりする。が、考え出すとこの場面はわからなくなる(これも夢なのか)。

なるほど映画の早い段階で女精神科医が言っていたように、ジンの幸せはランの不幸で、「2人は1人」なのだから「2人が愛し合えば」解決することなのかもしれない(白黒同色という言葉が出てくる。ジンがこの言葉を刻印している場面もあったし、タイトルの「悲夢」も印影が使われていた。そういえば、ジンは印面に鏡文字を直接描いていたが?)。

結局、ジンはランに対する責任感もあって彼女のためにいろいろ手を尽くし、それが好意に変わっていったのだろう。ランの方も、最初こそ自分の置かれている状況が理解出来ないでいたが、自分に代わって罪まで負おうとするジンの姿勢に、最後は「どんな夢でも恨まない」と彼に言う。

結ばれる運命にあった2人という話の流れがあっての結末なのかも知れないが、ジンの夢は恋人が忘れられないくらい思い詰めているから見たものだし、これでは辻褄が合わなくないか。それに何故、恨まないと言われたのにジンは自殺しなければならなかったのか。それとも、これもやはりジンのランに対する愛(夢で人を操作することの嫌悪も含まれた)と解すればいいのか。

パズルとしての面白さはそこここにあって、蝶のペンダントの役割なども考えていけば、もう少しは何かが見えてきそうな気もするのだが(ただ胡蝶の夢を表しているだけなのかも)、これもそこここにあるくだらなさが邪魔をして、何が何でもパズルを解いてやろうという気分には至らない。ジンの仕事場、町の佇まいやお寺など、撮影場所は魅力的だったのだが……。

原題:悲夢 ・・ェス 英題:Dream

2008年 93分 韓国/日本 ビスタサイズ 配給:スタイルジャム PG-12 日本語字幕:●

監督・脚本:キム・ギドク 撮影:キム・ギテ 照明:カン・ヨンチャン 音楽:ジ・バーク

出演:オダギリジョー(ジン)、イ・ナヨン(イ・ラン)、パク・チア(ジンの元恋人)、キム・テヒョン(ランの元恋人)、チャン・ミヒ(医師)、イ・ジュソク(交通係調書警官)、ハン・ギジュン(強力係調書警官)、イ・ホヨン(現場警官1)、キム・ミンス(現場警官2)、ファン・ドヨン(警官1)、ヨム・チョロ(警官2)、ソ・ジウォン(タクシー運転手)