悪夢探偵

2007/01/20 シネセゾン渋谷 ★★☆

■現代は死にたい病なのか。悪夢探偵、がどーもねー

密室のベッドで自分自身を切り刻んで死んだと思われる事件が続いて起き、そしてどちらも死の直前に、ケータイから「0」(ゼロ)と表示される相手に発信していたことがわかる。キャリア組から現場志願で担当になったばかりの霧島慶子(hitomi)は、関谷刑事(大杉漣)に嫌味を言われながらも、パートナーとなった若宮刑事(安藤政信)と捜査を開始する。ゼロによる暗示が自殺を招いた可能性があるため、ゼロとのコンタクトは危険かもしれず、また被害者が悪夢を見ていたようだという証言から、「悪夢探偵」である影沼京一(松田龍平)にも協力を求めることになる(非科学的とか弁解してたけど、こりゃないよね)。

それ以前に、この悪夢探偵という言葉には苦笑(いや、いい意味でだったのだけど)。勝手に、達観した人物が超能力で夢に入り込んで、この間観たばかりの『パプリカ』と同じようなことでもするのかと思っていた(アニメと実写という違いはあるが、それにしてもまったく正反対の色調だ)。

が影沼は、他人の夢を共有する特殊能力こそ持っているが、そのことには怯えている。他人の夢に入るということは、人間の隠された本性や嫌な部分と対峙しなければならず、依頼者と自分に傷が残るかららしいのだが、だから悪夢探偵という言葉がまったく似つかわしくない人物。どころか自殺願望まで。だけど「人の夢の中で死ぬのだけはごめんだ」と(これはなんだ?)。だから霧島の依頼にも「いやだ、いやだ」とだだっ子のように耳を貸そうとしない。

捜査が進展しないことで若宮刑事はゼロに発信してしまう。このときケータイの向こうから「今、タッチしました」という声が入ってすぐ切れてしまうのだが、これは怖い。若宮刑事が危険にさらされることを知った悪夢探偵はしかたなく、若宮刑事の夢の中に入りゼロとの接触を試みる。

あとになって、霧島の問いに心(夢)の中に入っていけるのは共感ではないかとゼロが答える場面があり、なるほどと思う(とはいえこの説明だけではな)のだが、これで前向きで明るいキャラの若宮(破壊願望故の自殺願望?)もエリートの霧島も自殺願望があることになってはうんざりする。それだけ現代人の心の闇が深いということなのだろう。そして、自分でもそのことを簡単には否定できないにせよ、だ。

もう1つこの共感には、被害者の「一緒に死んでほしい」という気持ちがあることも見逃せない。被害者が本当に(繋がりを確認できる)死を望んでいたのだとしたら、これは犯罪なのだろうか、ということもあるのだが、映画はそこにとどまって考える余裕などは与えてくれない。

ゼロが具現化されてからは、もうとんでもないことになって、映像の洪水状態の中で、悪夢探偵の過去のトラウマが語られ、ゼロからは「平和ボケしたヤツらに真実を教えられるのはオレとお前だけ」とかなんとか。真実って? 「一緒に遊ぼうぜ」とも言っていたが、これは自殺騒動を一緒になってやろうということなのか。このあたりで完全に付いていけなくなっていた私にはわけがわからない。

悪夢探偵を救ったのは霧島の「私と生きて」という声。ここからはあっさり解決にむかい、ケータイを離さず何人かと話をしていた危篤状態にいた患者がゼロだった、と。で、最後は霧島と悪夢探偵の、恥ずかしくない程度に抑えた交流というか、霧島が掴み取った希望のようなものが語られる。

ふうむ。設定はマンガにしても、心の闇の部分はありふれた自殺願望というわかりやすさで提示していたし、「タッチした」と忍び込まれてしまう場面や、街にいる人間が激しく首を振ったり、ケータイがぐちゃりと曲がる映像など、恐怖感もちりばめられているというのに、この感想を書いているほどには、観ている時には感心できなかったのだ。

巻頭に悪魔探偵が、彼の父の恩師だという大石(原田芳雄)の夢から帰ってきた場面が悪夢探偵の紹介フィルムのようにあって、腕が布団の中に引っ込む映像など、ここまではゾクゾクしていたんだが。とはいえ、大石の「恩にきるぞ、悪夢探偵」というセリフには苦笑するしかなかったのだけどね。

 

2006年 106分 ビスタサイズ PG-12

監督・脚本・美術・編集:塚本晋也 プロデューサー:塚本晋也、川原伸一、武部由実子 エグゼクティブプロデューサー:牛山拓二 撮影:塚本晋也、志田貴之 音楽:石川忠 VFX:GONZO REVOLUTION エンディングテーマ:フジファブリック『蒼い鳥』 音響効果:北田雅也 特殊造形:織田尚 助監督:川原伸一、黒木久勝
 
出演:松田龍平(影沼京一/悪夢探偵)、hitomi(霧島慶子)、安藤政信(若宮刑事)、大杉漣(関谷刑事)、原田芳雄(大石恵三)、塚本晋也(ゼロ)