プラダを着た悪魔

新宿武蔵野館3 ★★★☆

■ファッションセンスはあるのかもしれないが

ジャーナリスト志望のアンディ(アン・ハサウェイ)は、何故か一流ファッション誌「ランウエイ」のカリスマ編集長ミランダ(メリル・ストリープ)のセカンドアシスタントに採用される。大学では学生ジャーナリズム大賞もとった優秀なアンディだが、ファッションには興味がないし(どころか見下してもいた)、「ランウエイ」など読んだことがなく、世間では憧れの人であるミランダのことも知らないという有様。話を面白くしているのだろうが、ここまでやるとアンディがお粗末な人になってしまっている。

腰掛け仕事のつもりでいたアンディだが、ミランダの容赦のない要求に振り回され、ジャーナリストとはほど遠い雑用の毎日を送ることになる。が、次第にプロとしての自覚が出て、という話はありがちながら、わかりやすくて面白い。

ミランダの悪魔ぶりとアンディの対応。冷ややかな目の周囲と思いきや、案外心遣いのある先輩たち。アンディの負けん気は、当然仕事か私生活かという問題にもなるし、仕事絡みで一夜のアバンチュールまで。ミランダの意外な素顔に、思いがけない内紛劇。1つ1つに目新しさはないものの、次から次にやってくる難題が、観ている者には心地よいテンポになっている。

だからアンディと同じような、ファッションに興味のない人間も十分楽しめる。が、サンプル品(でもブランド品)で着飾ったアンディより、おばあちゃんのお古を着ているアンディの方が可愛く見えてしまう私などには、車が横切ったり建物に隠れたりする度に、違う服で現れるアンディという演出は効果がない(それに着飾っただけで変わってしまうのだったら安直だ)。

そんな街角ファッションショーはどうでもいいが、ミランダが毛皮などをアンディの机に毎度のように乱暴に置いていくのは気になってしかたがない。ミランダがただの悪魔ではなく、部下の資質ややる気などを試し、そして育てようとしていることを伝えたいのだろう。それはわかるのだが、細かい部分で文句付けたいところがあっては、悪魔の本領を発揮する前に品格を問われてしまうことになる。

自分の(双子の)子供にハリーポッターの新作を誰よりも先に(出版前に)読ませたい、という難題をアンディに課すのは公私混同でしかないし、なによりミランダには食べ物に対するセンスが欠けている。職場にステーキやスタバのコーヒーを持ち込ませて、果たしておいしいだろうか。予定が変わって、あの冷めたステーキは食べずにすんだようだが、頭に来たアンディがそれをごみ箱行きにしてしまうのは、食べ物を粗末にするアメリカ人をいやというほど見せつけられているからもう驚きはしないが、やはりがっかりだ。

アンディの私生活部分がありきたりなのもどうか。ネイト(エイドリアン・グレニアー)との関係がもう少しばかり愛おしいものに描けていればと思うのだが、それをしてしまうとクリスチャン(サイモン・ベイカー)とパリで寝てしまうのが難しくなってしまうとかね。クリスチャンに誘われて、「あなたのことはよく知らないし……異国だし……言い訳が品切れよ」と言っていたが、こういうセリフはネイトと一緒の場面にこそ使ってほしい。それにしてもこういう女性のふるまいを、ごんな普通の映画でもさらっと描く時代になったのか、とこれはじいさんのつまらぬ感想。

また、アンディにミランダとの決別を選ばせたのは、サクセスストーリーとしてはどうなのだろう(仕事を投げ出すことは負けになってしまうという意味で)。ま、これがないとミランダがアンディのことをミラー紙にファクスで推薦していてくれていたという、悪魔らしからぬ「美談」が付けられないのだけどね。

文句が先行してしまったが、離婚話でアンディにミランダの弱気な部分を見せておいて(仕事に取り憑かれた猛女と書かれるのはいいが、娘のことは……と気にしていた)、最後に危機をしたたかに乗り切る展開は鮮やかだ。アンディの心配をよそにちゃんと手を打っていたとは、さすが悪魔。一枚上手だ。ただ、とまた文句になってしまうが、ナイジェル(スタンリー・トゥッチ)の昇進話とこの最後のからくりの繋がりは少々わかりづらかった。

先輩アシスタントのエミリー(エミリー・ブラント)の挿話もよく考えられたもので納得がいく。ミランダがナイジェルにした仕打ちをアンディがなじると、あなたもエミリーにもうやったじゃない、と切り返される場面では、仕事の奥深さ、厳しさというものまで教えてくれるのである。

  

【メモ】

見間違いかもしれないが、久々にスクリーンプロセス処理を観たような。

原題:The Devil Wears Prada

2006年 110分 シネスコサイズ アメリカ 日本語字幕:松浦美奈

監督:デヴィッド・フランケル 製作:ウェンディ・フィネルマン 製作総指揮:ジョセフ・M・カラッシオロ・Jr、カーラ・ハッケン、カレン・ローゼンフェルト 原作: ローレン・ワイズバーガー『プラダを着た悪魔』 脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ 撮影:フロリアン・バルハウス プロダクションデザイン:ジェス・ゴンコール 衣装デザイン:パトリシア・フィールド 編集:マーク・リヴォルシー 音楽:セオドア・シャピロ
 
出演:アン・ハサウェイ(アンドレア・サックス)、メリル・ストリープ(ミランダ・プリーストリー)、エミリー・ブラント(エミリー)、スタンリー・トゥッチ(ナイジェル)、エイドリアン・グレニアー(ネイト)、トレイシー・トムズ(リリー)、サイモン・ベイカー(クリスチャン・トンプソン)、リッチ・ソマー(ダグ)、ダニエル・サンジャタ(ジェームズ・ホルト)、レベッカ・メイダー、デヴィッド・マーシャル・グラント、ジェームズ・ノートン、ジゼル・ブンチェン、ハイジ・クラム

鉄コン筋クリート

新宿ミラノ3 ★★☆

■絵はユニークだが、話が古くさい

カラスに先導されるように巻頭展開する宝町の風景に、わくわくさせられる。カラスの目線になった自在なカメラワークもだが、アドバルーンが舞う空に路面電車という昭和30年代の既視感ある風景に、東南アジアや中東的な建物の混在した不思議で異質な空間が画面いっぱいに映しだされては、目が釘付けにならざるをえない。

この宝町を、まるで鳥人のように電柱のてっぺんやビルを飛び回るクロとシロ。キャラクターの造型も魅力的(ただし誇張されすぎているからバランスは悪い)だが、この身体能力はまったくの謎。単純に違う世界の話なのだよ、ということなのだろうか。

ネコと呼ばれるこの2人の少年は宝町をしきっていて、それでも大人のヤクザたちとは一線を画しているのだろうと思って観ていたのだが、やっていることはかつあげやかっぱらいであって、何も変わらない。親を知らないという事情があればこれは生きていくための知恵ということになるのだろうが、このあとのヤクザとの絡みを考えると、もっともっと2人を魅力的にしておく必要がある。

旧来型のヤクザであるネズミや木村とならかろうじて成立しそうな空間も、子供の城というレジャーランドをひっさげて乗り込んできた新勢力の蛇が入ってくると、そうはいかなくなる。組長が蛇と組もうとすることで、配下のネズミや木村の立場も微妙に変わってくる。ネズミを追っていた刑事の藤村と部下の沢田(彼は東大卒なのだ)も動き出して、宝町は風雲急を告げるのだが、再開発で古き良きものが失われるという情緒的な構図は、昔の東映やくざ映画でもいやというくらい繰り返されてきた古くさいものでしかない。

だからこその、無垢な心を持つシロという存在のはずではないか。が、私にはシロは、ただ泣き叫んでいるだけのうるさい子供であって、最後までクロが持っていないネジを持っているようには見えなかったのである。これはシロのセリフで、つまりシロが自覚していることなのである。そういう意味では、シロはやはり特別な存在なのだとは思うのだが……。

たぶん2人に共感できずにいたことが、ずーっとあとを曳いてしまったと思われる。クロとシロはそのまま現実と理想、闇と光という二元論に通じ、要するに互いに補完し合っているといいたいのだろう。しかし、最後に用意された場面がえらく観念的かつ大げさなもの(クロは自身に潜んでいるイタチという暗黒面と対峙する)で、しらっとするしかなかったのだ。

題名の『鉄コン筋クリート』は意味不明(乞解説)ながら実に収まりのいい言葉になっている。しかし映画の方は、この言葉のようには古いヤクザ映画を換骨奪胎するには至っていない。手持ちカメラを意識した映像や背景などのビジュアル部分が素晴らしいだけに、なんだか肩すかしを食わされた感じだ。

  

【メモ】

もちもーち。こちら地球星、日本国、シロ隊員。おーとー、どーじょー。

2006年 111分 サイズ■ アニメ

監督:マイケル・アリアス アニメーション制作:STUDIO4℃ 動画監督:梶谷睦子 演出:安藤裕章 プロデューサー:田中栄子、鎌形英一、豊島雅郎、植田文郎 エグゼクティブプロデューサー:北川直樹、椎名保、亀井修、田中栄子 原作:松本大洋『鉄コン筋クリート』 脚本:アンソニー・ワイントラーブ デザイン:久保まさひこ(車輌デザイン) 美術監督:木村真二 編集:武宮むつみ 音楽:Plaid 主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION『或る街の群青』 CGI監督:坂本拓馬 キャラクターデザイン:西見祥示郎 サウンドデザイン:ミッチ・オシアス 作画監督:久保まさひこ、浦谷千恵 色彩設計:伊東美由樹 総作画監督:西見祥示郎
 
声の出演:二宮和也(クロ)、蒼井優(シロ)、伊勢谷友介(木村)、田中泯(ネズミ/鈴木)、本木雅弘(蛇)、宮藤官九郎(沢田刑事)、西村知道(藤村刑事)、大森南朋(チョコラ)、岡田義徳(バニラ)、森三中(小僧)、納谷六朗(じっちゃ)、麦人(組長)