マッチポイント

銀座テアトルシネマ ★★★☆

■面白くなるのはマッチポイントになってから

プロテニスプレイヤーとして限界を感じていたクリス・ウィルトン(ジョナサン・リス・マイヤーズ)は会員制のテニスクラブのコーチとして働きだす。そこでトム・ヒューイットという英国の上流階級の若者と親しくなる。オペラファンということを知られてボックス席に誘われたことから、今度はトムの妹クロエ(エミリー・モーティマー)に好かれるという幸運を得る。

上流社会には縁のなかったアイルランド青年のクリスだが、クロエが積極的なことから結婚だけでなく、彼女の父親アレックス(ブライアン・コックス)の会社で働くことにもなってと、話はトントン拍子に進んでいく。が、クリスが本当に惹かれたのは、トムの婚約者であるアメリカ人のノラにだった。

この映画、見所は最後の方に集中している。退屈こそしないが、終盤まではごくありきたりの展開で、アレンらしくないのだ。物語が『罪と罰』にかぶることと、ノラの名前がイプセンの『人形の家』の主人公を連想させるから、そこらあたりに仕掛けがあるのかもしれないが、詳しいことは私にはわからない(あとはオペラだが、こちらの知識はさらにないので)。

『罪と罰』と並んでクリスは『ケンブリッジ版ドストエフスキー入門』も読んでいて、これがさっそくアレックスとの会話に役に立つことになる。クリスの付け焼き刃を解説本で揶揄しているのだから、オペラ好きまでが彼の演出の一部と言いたげだ。テニスをあきらめたのは「勝負の執念がない」はずだったのに、しかしノラとの最初の出会いとなった卓球では「僕は競争心が強い」と、違うことを言っているのだ。アレックスが勧める新部門の役員ポストをまずは断るあたり、すべてに周到な計算が働いていたともとれる。無理して家賃の高いアパートにしたのもそのためだったか。

ノラに対する情熱はクリスに思わぬチャンスをもたらす。ノラは女優志望なのだがなかなか芽が出ず、彼女がバツイチなこともあってトムの母親エレノア(ペネロープ・ウィルトン)からそのことを攻撃される。雨の中を泣きながら歩いているノラをクリスが目にとめ、ふたりは激情の赴くまま関係を持つ。この時点ではノラにはまだトムという存在が確固としてあったため、これだけで終わってしまうのだが……。

この場面の前にも実はノラがオーディションに行くのにクリスが付き合う場面があって、唐突さは避けている。手抜きのない描写は、感情の流れをそこなわず自然なのだが、いささか冗長だ。

冗長と感じるのは、最初に書いたように、浮気の最初の情熱がこじれていくのも、どうしようもなくなって殺害に至るのもありきたりだからだ。この冗長さは、クリスが感じるイライラさに被せているからで、ってそれはどうだろ。クリスの周到さは、ノラという魅力的な女性の前ではもろくも崩れてしまうわけだが、これもいまさらという感じである。

もっともさすがにこのままでは観客を納得させられないと心得ていて、ちょっとしたひねりが用意されている。

ヤク中の突発的犯行と見せかけるべく、クリスはノラのアパートの老女に続いて、指定時間に帰らせたノラを猟銃で殺害する。老女宅には押し入り、ノラは偶然エレベーターを降りたところを見つかって、という筋書きだ。クリスそのままクロエの待つ劇場にタクシーで駆けつけ、苦しいながらもアリバイを確保する。あとで老女宅から奪った薬の瓶やネックレスなどの証拠品は川に投げ捨てる。ここで最後に投げた指輪が、川岸の欄干に当たりこちら側に落ちるのだが、クリスは気付かずに去る。

このスローモーションは冒頭のテニス場面に重なるので、観客はこれが主人公の犯行の動かぬ証拠になるという予測をどうしても立ててしまう。ノラの日記からクリスを追求する刑事も、夢の中にまで事件を見、その筋書きを得意がって説明する。が同僚からは、昨日ヤク中が殺されそいつが老女の指輪を持っていたと告げられ、自説を撤回せざるをえなくなる(これはやられました)。

クリスも夢の中でノラと老女と対峙する。しかし、戦争の巻き添え死を引き合いに出しての弁明はどうか。逮捕されても罪をつぐなえるかどうかはわからないという言い逃れは、クリスの罪を認めないわけではなく、皮肉を言いたいだけなのだろうが、まったくの蛇足だ。運のいいクリスに、最後まで運の悪いノラ(老女についてまでは言及できないが)という簡単な対比ではないのだよ、ということだろうか。

そうか。ということは、刑事が日記を読んでいながらノラの妊娠に触れてこなかったのは、妊娠がノラのでっち上げだった可能性もある。となるとノラもただの悲劇のヒロインではなく、したたかに生きた上での運命のいたずら、といいたいのか。「私は特別な女なの。絶対後悔させない」って言ってたものなー。

 

【メモ】

クロエは美術に関心があり、クリスとの初デートはサーチ・ギャラリーだった。

エレノアはノラだけでなく、はじめのうちはクリスにも懐疑的。

ノラに会いたくて、乗り気でないクロエを説得して無理矢理映画になだれ込むクリス。映画の題名を訊きだして、それなら観たいと言っていた。映画は『モーター・サイクル・ダイアリーズ』。ノラは頭痛で来なかった。

トムはノラとの婚約を解消する。母に屈したし、出会い(ヴィクトリア)もあったからと。

ヴィクトリアはすぐ妊娠し、トムとの結婚式となる。一方クロエはなかなか妊娠しない。

仕事漬けだからか、クリスは秘書に自分が高所恐怖症のようなことを匂わす(アスピリンを2錠くれ)。職場も家(でもここは迷路になりそうだと、絶賛していたのにね)もでは、慣れない上流社会同様、足が地に着かない気分なのかも。

クロエと待ち合わせた美術館でノラを見つけ、強引に電話番号を訊き出すクリス。

株で損をしたクリスに、アレックスは娘にも君にも苦労させたくないので援助すると言う。

クリスはノラから妊娠したと伝えられる。今度(若い時とトムとの間にも。つまり3度目)は産むと言う。

猟銃はアレックスのもの。テニスラケットのケースに隠して持ち出す。

クロエと観る約束をしたミュージカルの舞台は『白衣の女』。

原題:Match point

2005年 124分 ビスタサイズ イギリス、アメリカ、ルクセンブルグ PG-12 日本語字幕:古田由紀子

監督・脚本:ウディ・アレン 撮影:レミ・アデファラシン 衣装デザイン:ジル・テイラー 編集:アリサ・レプセルター
 
出演:ジョナサン・リス・マイヤーズ(クリス・ウィルトン)、スカーレット・ヨハンソン (ノラ・ライス)、エミリー・モーティマー(クロエ・ヒューイット)、マシュー・グード(トム・ヒューイット)、ブライアン・コックス(アレックス・ヒューイット)、ペネロープ・ウィルトン(エレノア・ヒューイット)、ユエン・ブレムナー、ジェームズ・ネスビット、マーガレット・タイザック

ナチョ・リブレ 覆面の神様

銀座テアトルシネマ ★

■脚本がダメ。コメディにもなってない

修道院で孤児として育てられたデブダメ男のナチョ(ジャック・ブラック)は、今は料理番になっている。お金のない修道院では子供たちに満足なものが食べさせられない。ま、それはそうなんだが、ナチョには料理の才覚はなさそうだし、しかも配膳からしてだらしなくて、とても食料を大切にしているようには見えない。食べ物を粗末にする笑いは嫌いなのだが、このナチョは他の点でも愛すべきダメ男などではなく、ただのいい加減な迷惑男にしかみえないのである。

いや、もちろんそんなふうには作ってはいないのだけどね。でもまあ生きている人を死人に見立ててしまうし、教会のチップスは奪われてしまうしで、まともにできることが何もないときてる。コメディに目くじらたてるなと言われそうだが、それ以前の問題ではないか。ナチョもさすがにそれは自覚(!?)して、運命は自分で切り開くと言って修道院をあとにする。

ナチョはまずチップスを撒き餌にして、チップス泥棒のヤセ(エクトル・ヒメネス)を捕まえる。すばしっこい彼を相棒にして、あこがれのメキシカンプロレス(ルチャ・リブレ。メキシコではプロレスが盛んらしい)の選手になろうというのだ。町でルチャドール(レスラー)募集の張り紙を見ていたナチョには、賞金200ペソという目算があったのだ。で、特訓がはじまるのだが、これが蜂の巣を投げたり牛を相手にしたりの、しかも予告篇で全部公開済みのくだらないもの。もう他に見せるべきものがないというのがねー。

プロレスラーになったとはいえ、即席の2人組が通用するはずもなく、でも負けたのにギャラだけはもらえて大満足。で、なんでかわからないのだが、ナチョは修道院に戻っていてサラダを出したりしているのだ。子供思いというのを強調したのだろうが、出て行った意味がないではないか。プロレスは修道院からは目の敵にされているので、こんな2重生活は許されっこないというのに。3人がかりの脚本で、このユルさはなんなのだ。

新任のシスター・エンカルナシオン(アナ・デ・ラ・レゲラ)との恋物語をはさむ必要があったのだろうけどね。ナチョの最初のシスターの口説き文句は「今夜一緒にトーストをかじりませんか」というもので、この少し後にふたりがそうしてる場面があって、ま、この映画ではこれが1番笑える場面だった。

人気はでるが負けているばかりでは仕方がないと、ナチョとヤセはそれなりにいろいろ考える。ヤセの紹介でナチョはヘンな男の言うままに、崖の上にある鷲の卵を飲むのだが、しかしヤセは科学しか信じない男のはずだったのに。この脚本のいい加減さにはあきれるばかりで、もうこうなると、これはからかわれているとしか思えない。

勝つにはプロに学ぶしかないと、人気レスラーのラムセスのいるパーティ開場へもぐりこむ。ところが憧れていたラムセスは、子供たちのためのサインすらしないようなひどいヤツで、このことでナチョは、勝者がラムセスと対戦できるバトルロイヤルに挑戦することを決意する。

バトルロイヤルだから運もあるのだが、ナチョは所詮2位どまり。が、これも2位のミレンシオの悪さにヤセが車で彼の足を轢いて出場できなくさせてしまうという幸運?があって、ついにラムセスとの対戦することになる。

筋肉もりもりのラムセスに、ぶよぶよのナチョだから、勝ち目はないのだが、感動?のプランチャ(ロープから場外の相手に向かって体を預けていく飛び技)まで飛び出して何故か勝利。賞金の1万ペソを手にしたナチョはその金でバスを買い、子供たちを遠足に連れていく。シスターともいい感じで、はいおしまい。

実話をヒントにしたというのは、それはおそらく暴風神父と呼ばれたフライ・トルメンタのことのようで、彼の話はそのまま映画にした方がずっと面白そうだが、しかしそれはすでに映画になっているらしいのだ。だからこれはコメディなのか。それにしてもなー。

ジャック・ブラックは『スクール・オブ・ロック』と『キング・コング』で感心していたから、余計がっかりだった。歌の場面では彼らしさが出ていたし、プロレス場面でも最後までぶよぶよではあったが、体当たりの演技を見せてくれたんだけどさ。

【メモ】

ヤセは科学だけを信じていて、洗礼も受けていない。これはナチョが洗面器に水を入れて洗礼?させてしまうのだが。

「ぜひ彼女にこの逞しい体を見せたい」「これが俺の勝負服」

シスターも、虚栄心のための戦いだからプロレスはいけないと言っていたのに、いつ「俺たちが独身主義でないなら結婚しよう」というナチョの手紙をそっと枕の下に置くような心境になったのだ。荒野の修行?で?

シスターもサンチョと一緒に、ラムセス戦を観に来る。

原題:Nacho Libre

2006年 92分 アメリカ 日本語字幕:■

監督:ジャレッド・ヘス 製作:ジャック・ブラック、デヴィッド・クローワンズ、ジュリア・ピスター、マイク・ホワイト 脚本:ジャレッド・ヘス、ジェルーシャ・ヘス、マイク・ホワイト 撮影:ハビエル・ペレス・グロベット 衣装デザイン:グラシエラ・マゾン 編集:ビリー・ウェバー
 
出演:ジャック・ブラック(イグナシオ/ナチョ)、エクトル・ヒメネス(スティーブン/ヤセ)、アナ・デ・ラ・レゲラ(シスター・エンカルナシオン)、リチャード・モントーヤ(ギレルモ)、ピーター・ストーメア(ジプシー・エンペラー)、セサール・ゴンサレス(ラムセス)、ダリウス・ロセ(チャンチョ)、モイセス・アリアス(フラン・パブロ)