バルトの楽園

109シネマズ木場シアター4 ★★

■ヘタクソな演出に美談もかすむ

1914年、第一次大戦に参戦した日本は、青島攻略で捕虜にしたドイツ兵4700人を日本に強制連行。1917年には全国で12ヵ所あった収容所が6ヵ所に統合されることになり、徳島県鳴門市にある板東俘虜収容所には久留米からの捕虜が移送されてくる。

ここの所長だった松江豊寿(松平健)の、温情ある捕虜の扱いを描いたのがこの映画。戦時下の美談(もっとも日本としてはそれほどの危機感はなかったのではないか)で、だから感動話。楽器の演奏、新聞の発行、パンを焼きお菓子を作る、およそ俘虜収容所というイメージからは遠いことが行われていて、捕虜たちが地元の学生たちに器械体操や演奏を教えるといった交流もあったという。

この話の概略は知っている人も多いだろう。私もユーハイムの創業については耳にしたことがあり、同様の話は映画にもあった。が、簡単に調べてみると細部ではかなり違っている(http://www.juchheim.co.jp/group/baumkuchen/index.html)。もちろんそんなことは大した問題ではないのだが、脚色してのこのデキに少々がっかりだったのである。

一々あげつらっても仕方ないが、例えばハインリッヒ少将(ブルーノ・ガンツ)の自殺シーンなど決定的な演出ミスだろう。あれでは自殺でなく狂言になってしまう。影に気付いて飛び込んだ兵隊に取り押さえられて腕を撃ってしまうというのならわかるのだが。

だいたいこの将校の書き込みはひどく、尊大にしかみえない。皇帝への忠信と人一倍のプライドはあったようだが、他の捕虜とは違う部屋を与えられて、あとは一体何をしていたのだろう。

それに比べると松江豊寿については手厚く、会津藩出身故の明治政府の冷遇などを父(三船史郎だ!)のエピソードに絡めて語っていた。軍部による俘虜収容所の評価は度々出てきたが、この時代の日本の国際社会における位置などの説明はもっとあってもよかったのではないか。

俘虜収容所の群像劇という面もあるので、故郷の母に手紙を書く若い水兵ヘルマン・ラーケ(コスティア・ウルマン)に新聞の取材をさせカメラ撮影させる線でまとめていこうとしたのだろうが、中途半端だから収まりが悪い。ただ彼とマツ(中山忍)のほのかな恋は、折り鶴が染料に落ちる出色のシーンがあって忘れがたい。折り鶴に綴られた文字はマツには読むことが出来ない文字なのだ。しかしそれすらも染料によって消えていってしまうのである。

1918年の第一次世界犬戦終結で解放が決まった捕虜たちは、感謝の気持ちを込めて『交響曲第九番 歓喜の歌』を演奏する。日本における「第九」の初演ということらしいが、このクライマックスがまた唐突。話の1つ1つはくっきりしているのに、流れがないのは最後まで変わらない。

さらに演奏の最中に、松江にもハインリッヒにも席を立たせるという失礼なことまでさせる。演奏にかぶせてフィナーレを演出したいのはわかるけどねぇ。最後の最後はカラヤンの演奏まで持ってきて、ぶち壊しもいいとこだ。貧弱な楽器に、たぶん一部には演奏者も。それでも心を打たれたのではなかったのかな。

 

【メモ】

楽園は「らくえん」ではなく「がくえん」と読ませる。バルトはドイツ語で髭の意。

板東俘虜収容所は3億円を投じて徳島県鳴門市に忠実に再現されたもの。

ハインリッヒ少将「我々は捕虜であって野蛮人ではない」。でもその前に松江に「君にこの音楽がわかるかね」というくだりがあって、君たちは野蛮人だと言っているみたいなのだが。

ユーハイムの創始者がいたのは広島県似島で、広島物産陳列館(現在の原爆ドーム)で開かれたドイツ作品展示即売会に、バウムクーヘンを出品した(1920年)とある。

予算の削減を強いられた松江は、捕虜達に伐採仕事をさせ、経費を補充。

この映画のパン屋職人(オリバー・ブーツ)は、最後は戦友の娘(大後寿々花)を引き取って日本に永住することを決める。彼は脱走名人?なのだが、市原悦子に助けられ収容所に帰ってくるエピソードも。

大後寿々花は青いコンタクトであいの子役に。彼女の父親は神戸で働いていたドイツ人で、志願して戦争に出たが戦場で日本人と戦うことを拒み、戦死してしまう。

國村隼と泉谷しげるがなかなか。板東英二は声がうわずっていたがこういう人はいる。平田満の演技の方が気になった。

2006年 134分 東映

監督:出目昌伸 製作:鶴田尚正、冨木田道臣、早河洋、塚本勲、滝鼻卓雄、渡部世一 プロデューサー:野口正敏、妹尾啓太、冨永理生子、ミヒャエル・シュヴァルツ 製作総指揮:岡田裕介、宮川日斤也 企画:土屋武雄、中村仁、遠藤茂行、亀山慶二 脚本:古田求 撮影:原一民 特撮監督:佛田洋 美術:重田重盛 美術監督:西岡善信 編集:只野信也 音楽:池辺晋一郎 音響効果:柴崎憲治 照明:安藤清人 助監督:宮村敏正
 
出演: 松平健(松江豊寿)、ブルーノ・ガンツ(クルト・ハインリッヒ)、高島礼子(松江歌子)、阿部寛(伊東光康)、國村隼(高木繁)、大後寿々花(志を)、中山忍(マツ)、中島ひろ子(たみ)、タモト清嵐(林豊少年)、佐藤勇輝(幼い頃の松江)、三船史郎(松江の父)、 オリヴァー・ブーツ(カルル・バウム)、コスティア・ウルマン(ヘルマン・ラーケ)、 イゾルデ・バルト(マレーネ・ラーケ)、徳井優(広瀬町長)、板東英二(南郷巌)、大杉漣(黒田校長)、泉谷しげる(多田少将)、勝野洋(島田中佐)、平田満(宇松/馬丁)、市原悦子(すゑ)