長い散歩

新宿武蔵野館2 ★★

■ひとりよがりで勘違いの、何も終わっていない長い散歩

安田松太郎(緒形拳)は、名古屋から田舎町の古い2階建てのアパートに、妻の位牌と段ボール箱8つで越してくる。思うところがあって質素で静かな生活を送るつもりでいたが、隣の部屋には母親の横山真由美(高岡早紀)から虐待を受けている5歳くらいの女の子(杉浦花菜)がいた。見るに忍びなくなった松太郎は、真由美のヒモである水口(大橋智和)を襲い、女の子を連れてアパートを飛び出すが、真由美の捜索願(2日遅れの)により誘拐犯として指名手配されてしまう。

松太郎は、元校長という職にありながら、娘の亜希子が万引きで捕まったことや、妻の節子(木内みどり)が酒に溺れて許しを請う場面(娘はこんな男に謝らないでと言う)がフラッシュバックで入っていたように、満足な家庭を築けなかった男だ。

しかしだとしても教育者であった彼が、覆面に竹刀で水口を襲ったりするだろうか。しかもそのために、彼はなまった体を鍛え直すという入念な準備までしているのだ。元校長ならまず警察か児童相談所に行くはずだし(トレーニングに時間をかけるということは、虐待が続くことを意味する)、女の子と親しくなって心の交流をはかるべきなのに。

むろん女の子が虐待で心を閉ざしてしまっているということもある。彼女はまだ幼稚園に行っていた時の劇で使った手作りの天使の羽根を常に付けていて、しかしスーパーなどではいたずらや絵本の万引きを繰り返している。誰とも遊ばないし、松太郎が声をかけても悲鳴を上げながら走って逃げてしまう(松太郎のトレーニングは女の子に追いつけなかったということもあったかも)。ようやく女の子の秘密の場所を探し出して、ふたりで鳥の雛の葬式をしたことで、多少ながら関係が出来つつあったのに、女の子の目の前で水口を叩きのめしていいのだろうか。もっとも、そういうことすべてが苦手な松太郎だったから、彼の家庭は破綻したのだが。

長い散歩の発端が説得力を欠くため、これが最後まであとを引く。襲撃が計画的なのに、旅に出るのは成り行きなのか。ここは虐待の現場を見たことでやむにやまれず水口を傷つけてしまい、女の子がしがみついてきたためについ逃げ出すことになった、としたいところである。

旅に出てはじめて「おじいちゃんと一緒に行くか、青い空を見に行こう」となるのだが、この「青い空」は、松太郎の家族が、家族として存在していた時に3人で行った山の景色だった。女の子が虐待される姿に家族を不幸にした自分の罪を見、彼女に愛情を注ぎ救うことが贖罪に繋がると思ったのかもしれないが、これだって勘違いではないか。

たしかに女の子は次第に松太郎に心を開き、自分がサチという名であることを告げるようになる(最初はガキと答えていた)。旅の途中で知り合ったバックパッカーの青年ワタル(松田翔太)との間では笑顔を見せるようになるし、最後には「おじいちゃんサチのこと好き」と聞くようにまでなるのだが、旅に連れ出してしばらくは、松太郎にそんなことができるとは彼自身考えもしなかったはずだ(サチはまだ松太郎に悪態をついていた。それに、考えてもまた勘違いになるのだが)。

最後の方で松太郎は警察に、自首をするからせめてあと2日見逃してくれという電話をかける。ここでも「私は償わなくてはいけないんです」と的外れなことを言っていた。刑事(奥田瑛二)が「巡礼ならひとりでやればいい」と切り返すのはもっともで、奥田は(俳優としての)自分のセリフに真実があるのに、どうして(監督として)このまま突っ走ってしまったのだろう。松太郎はさらに、あの子は地獄のような中にいたとか、警察ならちゃんと調べろなどと八つ当たり気味なことまで言うのだ。

松太郎がいくらサチと心を通わせても自分が服役してしまったら何にもなるまい。事実、彼は自首をするしかなく、獄中の人となる。

出所した彼はサチの姿を見、サッちゃんただいまと声をかけるのだが、それは幻であった。妻と娘の幻でないのは何故なんだろう。歩き出す松太郎を延々と映して映画は終わりとなるが、この長い散歩は何も終わっていないことに、彼自身は気付いているだろうか。

彼がサチに接触することはもう許されないはずであるし、もし本当に贖罪というのなら、亜希子(原田貴和子)との関係を修復すべきだろう。もっとも彼女との関係は巻頭のかなり陰湿なやり取り(住んでいた家をやると言う松太郎に、亜希子は、相変わらず押しつけがましいと答え、この家に住むのが怖いんでしょう、人殺し、と激しい言葉を投げつけていた)を見ても明らかではあったが。旅先から松太郎が出した手紙にも無反応で、刑事にもあの人は他人とはっきり言っていたのだから、もう関わるべきではないだろう。どうやっても贖えない罪というのはあるし、もう関わりを持たないことこそが、贖いにはならないが相手の心を静める唯一の方法ということはいくらでもあることだから。

刑事に「山ってのは、登ったら降りてくるもんだ」と悠然と言わせておいて、しかし彼が待っているところには現れない、というニンマリ場面もあるのだが、ここでも「安田のようなヤツが必要」とか、「誘拐って何なんですかねー」(これは同僚の発言)などと言わせては鼻白むばかりである。

よかったのは、唐突な存在だったワタルだろうか。饒舌で人なつっこい彼はザンビアからの帰国子女で、引きこもりだったことや飼っていた猿をワシントン条約か何かで連れて来くることができなくて大泣きしたと明るく語っていた。「世の中、貧困と戦争で、オレこんな山の中で芋食ってる。ねじれてるよね」だから、持っていた拳銃で自殺してしまったのだった。為す術のない松太郎。松太郎は笑って死ぬなんて信じないと言っていたが、ワタルの唐突さだけは、この映画で光っていたように思うのだ。

【メモ】

2006年のモントリオール映画祭グランプリ受賞作。

2006年 136分 ビスタサイズ 

監督・企画・原案:奥田瑛二 プロデューサー:橋口一成、マーク宇尾野 製作総指揮:西田嘉幸 協力プロデューサー:深沢義啓 脚本:桃山さくら(安藤和津+安藤桃子+安藤サクラ)、山室有紀子 撮影:石井浩一 美術:竹内公一 編集:青山昌文 音楽:稲本響 主題歌:UA『傘がない』 スーパーバイザー:安藤和津 照明:櫻井雅章 録音:柴山申広
 
出演:緒形拳(安田松太郎)、杉浦花菜(横山幸)、高岡早紀(横山真由美)、松田翔太(ワタル)、大橋智和(水口浩司)、原田貴和子(安田亜希子)、木内みどり(安田節子)、山田昌(アパートの管理人)、津川雅彦(医師)、奥田瑛二(刑事)