スキャナー・ダークリー

シネセゾン渋谷 ★★★

■ロトスコープアニメ=ドラッグの世界?

まず驚くのが実写映像を加工してアニメにしていることで、キアヌ・リーヴスがちゃんとキアヌ・リーヴスに見えることだ(すでに予告篇で圧倒させられていたが)。珍しくも買ったプログラムを読むと、この技術はロトスコープと呼ばれるもので、これには相当手間暇をかけているらしい。

よくわからないのだが、このアニメを作るには実写が必要で、ってことは実写版が存在する!? 確かに巻頭のチャールズ・フレック(ロリー・コクレイン)の体を虫が這い回る場面などはアニメ向きといえなくもないが、でも他の部分でかかる作業をここに振り向ければCGでもかなりのものができたのではないか。あとはスクランブル・スーツの表現だが、これも同じことが言えそうだ。

そして、このロトスコープによって出来た映像はアメリカン・コミックスの質感を思わせる。私にとってアメコミは、たまに見ると総体としては新鮮なものだが、個々のキャラクターとなるとすべてが似た質感で無個性にしか見えない。ロトスコープも同じで、最初のうちこそその効果は絶大だが、次第に疲れてしまっていた。単独に1枚1枚の絵として見ているぶんにはいいんだけどね。

はじめから焦点が合ったり合っていない部分のある普通の映像の方が(もちろん全体に合っているものもあるが)、目線の移動に合わせて焦点も自然に合わせてしまう人間の目よりは不自然なのに、感覚的には自然なのは面白い。焦点が映画の意思であるということを体験的に覚えてしまっているのだろうし、単純に慣れてしまっているからだろうか。これは普通のアニメとの比較でもいえることだが、ロトスコープだとそれがより顕著になるようなのだ。

映画の舞台は、麻薬の蔓延した「現在から7年後」のカリフォルニア州アナハイム。なかでも猛威をふるっているのが、依存性が強く、常用が進むと右脳が左脳を補おうとして認知障害を起こす「物質D」で、政府はこの撲滅に躍起となっていた。

ボブ・アークター(キアヌ・リーヴス)は、覆面麻薬捜査官として自ら物質Dを服用、彼の自宅は今やジャンキーたちの巣と化すまでになっていた。覆面捜査官は署内や上司にも正体を知られてはならず、刻々と顔や声のパターンが変化するスクランブル・スーツなるものを身につけ、アークターはフレッドというコード名で呼ばれていた。つまり彼にとっても上司が誰なのかがわからないというのがミソとなっている。

アークターは、巻頭に登場したフレック(すでに物質Dにかなり犯されていて、しばしば虫の幻覚に襲われる)、ジム・バリス(ロバート・ダウニー・Jr.)、アーニー・ラックマン(ウディ・ハレルソン)のジャンキー共同生活者を監視。さらに恋人関係になった売人のドナ(ウィノナ・ライダー)に大量に物質Dを注文し、密売ルートを探ろうとするが、アークターを疑ったバリスのたれ込みもあって、アークターは自分を監視するように上司から命令されてしまう。

究極の監視社会を象徴するような光景だが、アークターは結局物質Dにやられ、果てはニュー・パスと呼ばれる更生施設に送られることになる。その過程で、アークターの上司がなんとドナであり、ニュー・パスが更生施設どころか物質Dの栽培農場だということが判明する。

これは一体どういうことなのだろう。ホロスキャナーといわれる常時監視盗聴システムで24時間休むことなく監視された映像を分析しているにもかかわらず、覆面捜査官まで送り込む異常さに、この設定はちょっとあんまりだと思ったものだが、ドナの正体がわかってみると、5人の監視対象のうち2人までもが覆面捜査官ということになってしまうではないか。

アークターが物質Dによる症状がどこまで出ているかというテストを受けさせられることや、ニュー・パスの正体も含めて、登場人物は、結局政府の自作自演物語に踊らされているだけというオチなのだろうか。そして、数人で相互監視をする社会がすでに成立しているのかもしれない。が、その目的などが明示されることはない。情報を知っているのは食物連鎖の上の者だけ、などというセリフはあるが、それ以上のことは何もわからない。

この構図は確かに怖いのだが、ロトスコープアニメの映像が現実に似て現実でないのと同様に、現実離れしすぎていて実感をともなわない。アークターではないが、監視が幻想かもしれないと思い出すと、映画全体がドラッグの世界ということもなってくる。そうか、そのためのロトスコープアニメとか。いや、まさかね。

映画の最後には「これは行いを過度に罰せられた者たちの物語。以下のものに愛をささげる」という字幕のあとに何名もの名前が続く。そして「彼らは最高の仲間だった。ただ遊び方を間違えただけ。……フィリップ・K・ディック」。原作はディックの実体験が生んだ作品とのことだ。しかしそれにしては、ここに出てくるジャンキーたちは簡単に仲間を売ったりするし、自分勝手な御託を並べているだけで、愛すべき存在には見えないた。紅一点のドナにしても、恋人のアークターが肌に触れるのも拒否していた(コカイン中毒によるものらしいのだが)し、「あなたはいい人よ。貧乏くじをひいただけ」というセリフにしても、冷たい感じがしてならなかったのだが。

  

原題:A Scanner Darkly

2006年 100分 ビスタサイズ アメリカ R-15 日本語字幕:野口尊子

監督・脚本:リチャード・リンクレイター 製作:アン・ウォーカー=マクベイ、トミー・パロッタ、パーマー・ウェスト、ジョナ・スミス、アーウィン・ストフ 製作総指揮:ジョージ・クルーニー、ジョン・スロス、スティーヴン・ソダーバーグ、ベン・コスグローヴ、ジェニファー・フォックス 原作:フィリップ・K・ディック『暗闇のスキャナー』 撮影:シェーン・F・ケリー プロダクションデザイン:ブルース・カーティス 衣装デザイン:カリ・パーキンス 編集:サンドラ・エイデアー アニメーション:ボブ・サビストン 音楽:グレアム・レイノルズ
 
出演:キアヌ・リーヴス(ボブ・アークター/フレッド)、ロバート・ダウニー・Jr(ジム・バリス)、ウディ・ハレルソン(アーニー・ラックマン)、ウィノナ・ライダー(ドナ・ホーソーン)、ロリー・コクレイン(チャールズ・フレック)

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