新宿ミラノ1 ★★★★
■傾聴に値する
弟(武島直貴=山田孝之)の学費のために強盗殺人事件を犯してしまう兄(剛志=玉山鉄二)。刑務所の中の兄とは手紙のやり取りが続くが、加害者の家族というレッテルを貼られた直貴には、次第に剛志の寄こす(待っている)手紙がうっとおしいものになってくる。
映画(原作)は、殺人犯の弟という立場を、これでもかといわんばかりに追求する。親代わりの兄がいなくなり、大学進学をあきらめたのは当然としても、仕事場も住んでいる所も転々としなければならない生活を描いていく。
直貴は中学の同級生の祐輔(尾上寛之)とお笑いの世界を目指しているのだが、これがやっと注目され出すと、どこで嗅ぎつけたのか2チャンネルで恰好の餌食になってしまう。朝美(吹石一恵)という恋人が出来れば、彼女がお嬢様ということもあって、父親の中条(風間杜夫)にも許嫁らしきヘンな男からも、嫌味なセリフをたっぷり聞かされることになる。このやりすぎの場面には笑ってしまったが、わかりやすい。祐輔のためにコンビを解消した直貴は、家電量販店で働き出す。販売員として実績を上げたつもりでいると、倉庫への異動がまっていた。
これでは前向きな考えなど出来なくなるはずだ。「兄貴がいる限り俺の人生はハズレ」で「差別のない国へ行きたい」と、誰しも考えるだろう。
しかし映画は、家電量販店の会長の平野(杉浦直樹)に、その差別を当然と語らせる。犯罪と無縁で暮らしたいと思うのは誰もが思うことで、犯罪者の家族という犯罪に近い立場の人間を避けようとするのは自己防衛本能のようなものだ、と。兄さんはそこまで考えなくてはならず、君の苦しみもひっくるめて君の兄さんの罪だと言うのだ。
そして直貴には、差別がない場所を探すのではなくここで生きていくのだ、とこんこんと説く。自分はある人からの手紙で君のことを見に来たのだが、君はもうはじめているではないか。心の繋がった人がいるのだから……と。
このメッセージは傾聴に値する。不思議なことに、中条が彼のやり方で朝美を守ろうとした時のセリフも、いやらしさに満ちていながら、それはそれで納得させるもがあった。この映画に説得力があるのは、こうしたセリフが浮いていないからだろう。
見知らぬ女性からの手紙で、みかんをぶらさげて倉庫にふらりとあらわれた平野もそれらしく見える。そして加害者の家族が受ける不当な差別を、声高に騒ぐことなく当然としたことで、本当にそのことを考える契機にさせるのだ。
由美子(沢尻エリカ)がその見知らぬ女性で、直貴がリサイクル工場で働いていた時以来の知り合いだ。映画だからどうしても可愛い人を配役に当ててしまうので、しっかり者で気持ちの優しい彼女が直貴に一目惚れで、でも直貴の方は何故か彼女に冷たいというのが解せない。朝美とはすぐ意気投合したのに。って、こういうことはよくあるにしてもさ。
はじめの方で直貴の心境を擁護したが、第三者的立場からだと甘く見える。由美子という理解者だけでなく、朝美も最後までいい加減な気持ちで直貴と接していたのではなかったのだから。そう思うと、直貴の本心を確かめたくて(嘘をつかれていたのは確かなのに)ひったくりに会い転倒し、生涯消えぬ傷を残して別れざるをえなくなった朝美という存在も気の毒というほかない。とにかく直貴は、少なくともそういう意味では恵まれているのだ。祐輔という友達だっているし(むろん、これは直貴の魅力によるのだろうが)。
そうして、直貴は由美子が自分に代わって剛志に手紙を出していたことを知り、「これからは、俺がお前を守る」と由美子に言う。単純な私は、なーるほど、これでハッピーエンドになるのね、と思ってしまったが、まだ先があった。
直貴と由美子は結婚しふたりには3歳くらいの子供がいる。社宅に噂が広がり、今度は子供が無視の対象になってしまう。由美子は頑張れると言うが、直貴はこのことで剛志に「兄貴を捨てる」という内容の手紙を4年ぶりで出す。
このあと、被害者の家族を直貴が訪ねる場面もある。いくら謝られても無念さが消えないと言う緒方(吹越満)だが、直貴に剛志からの「私がいるだけで緒方さんや弟に罪を犯し続けている」ことがわかったという手紙を見せ、もうこれで終わりにしようと言う。
こうしてやっと、直貴は祐輔と一緒に刑務所で慰問公演をするエンドシーンになるというわけだ。もっともこのシーンは、私にとってもうそれほどの意味はなくなっていた。直貴の子供にまでいわれのない差別にさらされることと、緒方という人間の示した剛志の手紙による理解を描いたことで、もう十分と思ったからだが、映画としての区切りは必要なのだろう(シーン自体のデキはすごくいい)。
と思ったのは映画を観ていてのこと。でもよく考えてみると、この時点ではまだ子供の問題も解決されていないわけで、直貴にとってはこの公演は、本当に剛志とは縁を切るためのものだったのかもしれないと思えてくる(考えすぎか)。
かけ合い漫才はちゃんとしたものだ。お笑い芸人を目指していたときの直貴が暗すぎて、この設定には危惧しっぱなしだったが、危惧で終わってしまったのだからたいしたものだ。
気になったのは、由美子の手紙を知ったあとも直貴は返事を書いていなかったことだ。由美子からも逃げずに書いてやってと言われたというのに、やはり理屈ではなく直貴には剛志を許す(というのとも違うか)気持ちにまでは至らなかったのだろう。と思うと、直貴が6年目にして緒方を訪ねる気になったのは、どんな心境の変化があったのか。
それと、最後の子供の差別が解消される場面がうまくない。子供には大人の理論が通じないという、ただそれだけのことなのかもしれないが、ここは今までと同じように律儀な説明で締めくくってもらいたかった。
【メモ】
運送会社で腰を悪くした剛志は、直貴の学費欲しさに盗みに入るが、帰宅した老女ともみ合いになり、誤って殺害してしまう。
由美子はリサイクル工場では食堂で働いていたが、直貴のお笑いに賭ける情熱をみて、美容学校へ行く決心をする。
リサイクル工場では剛志の手紙の住所から、そこが刑務所だと言い当てる人物が登場する。彼も昔服役していたのだ。
家電量販店はケーズデンキという実名で登場する。移動の厳しさが出てきた時はよく決心したと思ったが、それは平野によって帳消しにされ、あまりあるものをもたらす。そりゃそうか。
2006年 121分 ビスタサイズ
監督:生野慈朗 原作:東野圭吾 脚本: 安倍照雄、清水友佳子 撮影:藤石修 美術:山崎輝 編集:川島章正 音楽:佐藤直紀 音楽プロデューサー:志田博英 主題歌:高橋瞳『コ・モ・レ・ビ』 照明:磯野雅宏 挿入歌:小田和正『言葉にできない』 録音:北村峰晴 監督補:川原圭敬
出演:山田孝之(武島直貴)、玉山鉄二(武島剛志)、沢尻エリカ(白石由美子)、吹石一恵 (中条朝美)、尾上寛之(寺尾祐輔)、田中要次(倉田)、山下徹大、石井苗子、原実那、松澤一之、螢雪次朗、小林すすむ、松浦佐知子、山田スミ子、鷲尾真知子、高田敏江、吹越満(緒方忠夫)、風間杜夫(中条)、杉浦直樹(平野)