僕の、世界の中心は、君だ。

楽天地シネマズ錦糸町-4 ★★

■ヘンな設定はなくなっているが

細かいことはもう忘れたが、あり得ない偶然の連続にうんざりだった『世界の中心で、愛をさけぶ』。あんな馬鹿げた話をわざわざリメイクするって? 不純な興味で観ることにしたのだが、とても同じ話とは思えず、狐につままれたような気分だった(確かに同じだという部分も、だんだん思い出してはきたけどね)。

婚約者の失踪もなければ、婚約者と主人公の初恋のつながりもない。そりゃそうだ、婚約者そのものがこの映画には出てこないのだから。さすがにリメイクだ、あのどうしようもない設定をきれいさっぱり取っ払ってしまったのね。が、そうなると難病ものという陳腐きわまりないメロドラマだけが残ってしまうことになるが……。

10年ぶりのテミョン高校の同窓会に出席したスホ(チャ・テヒョン)は、いまだに初恋の人の思い出を引きずっていて、仲間からも半分は親愛の気持ちからとはいえ、からかわれてしまう。そして、物語は10年前に飛ぶ……。

マドンナ的存在のスウン(ソン・ヘギョ)がまさか自分のような平凡な男に、というスホのとまどいが微笑ましい。これは男にとっては究極の設定かも。が、仲間のはからいで島へふたりきりで旅行、ファーストキス、そして突然の発病、と続く展開はあまりにもありきたり。

難病だからといってめちゃめちゃ暗くなるわけでもないし、日本版のようにヘンな小細工(病気を装ったラジオの投稿など)がないのはいいが、だからといってこれだと物足りない。その反動か、快復の見込みがなくなったスウンを台風で欠航になっているというのに島に連れて行こうとする場面の強引さは何なのだろう。スウンは苦しがっているし、で、ここは観ているのが辛くなってしまったぞ。

スウンが撒いた種が一面の花を咲かせるラストも、日記の存在を際だたせるほどにはなっていない。まあ、これは初恋的味付けということで。

しかし、この終わり方では結局初恋の想いがそのまま残って、ようするに巻頭の同窓会からただ過去に戻ってお終いということになり、構成上からも回想した意味がなくなってしまう。今どんなふうに生きているのかというようなことでもいいと思うのだが、何故何も付け加えないのだろう。現在のシーンがなければ、主人公だってもっと若い人を使えただろうに。

ところでこの映画には、葬儀屋をしているスホの祖父(イ・スンジェ)の初恋の話もあって、これが挿話というよりはサイドストーリーに近い扱いとなっている。祖父の場合は、初恋の人の娘からその人の想いを知って感謝する(「ありがとう。君も僕を覚えていてくれて」)のだが、これも扱いの大きさの割には意味があるとは思えなかった。

余談になってしまうが、祖父がこの話をはじめるきっかけが妙ちくりんだ。学校に危篤(ただ具合が悪いだったか?)の電話が入ってスホがあわてて戻るのだが、祖父はぴんぴんしていて「ビールを飲みながら話がしたかっただけ」などと言うのだ。本人がそんなことのために電話? そりゃないでしょ。

    

【メモ】

スウンは、ポケベルのボイスメッセージでスホに想いを告げる。ポケベルは映画ではピッピと言われていた。

名前の漢字を訊くのは、日本版では違和感があるが、韓国はハングル表記が普通だからぴったりのような。

貧血姫(スホがスウンに付けた呼び名)。

無菌室に隔離されたりはするが、病気そのものの映像としては、抜けた髪の毛をスウンが手にしている場面がある程度。

エンディングは『瞳をとじて』(作詞・作曲:平井堅、歌:チャ・テヒョン)。

(06/9/8追記) 気が付かなかったが「竹島」が写っている(撮影された?)ことがネットで問題になっているようだが?? 映画では旅行で行った島は「アンゲ島」(架空の島)だし、ロケ地も巨済島(コジェド)なのにね。

原題:甯誤梠・シ・俯ウエ(波浪注意) 英題:My Girl & I2005年 97分 韓国 シネマスコープ 日本語字幕:根本理恵

監督:チョン・ユンス 脚本:ファン・ソング 撮影:パク・ヒジュ 音楽:イ・ドンジュン
 
出演:チャ・テヒョン(スホ)、ソン・ヘギョ(スウン)、イ・スンジェ(キム・マングム/スホの祖父)、キム・ヘスク(スホの母親)、ハン・ミョング(スウンの父親)、パク・ヒョジュン(ソンジン)、キム・ヨンジュン(ヒソン)、ソン・チャンウィ(ジョング)、キム・シニョン(民宿のおばあさん

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