スラムドッグ$ミリオネア

新宿ミラノ2 ★★★☆

■運命は手に入れられる!

成る程、よくできた脚本だ。映画は主人公ジャマールがハイライトを浴びるクイズ番組が進行していく①と、実はその番組の途中、続きは明日というところで、理不尽なことに警察にしょっ引かれて拷問されたあと、警部に真相を語る②、さらに、ジャマールの幼少時代から今へと続いてくる③の三つの時間軸から構成されている。この①②③は、その配置が絶妙なだけでなく、最後には全部が同じ時間(現在)に重なるようになっている。

スラム育ちで教養のないジャマールがクイズ番組を勝ち進むのは、どう考えても不正をしているに違いないというのが警察の言い分(実は、逮捕はクイズ番組司会者の差し金で、こいつがまた何とも胡散臭い男なのだ)だが、ジャマールの語る今までの体験談(つまり③)の中にクイズに出題されたほとんど(正確には二問以外の全部)の答えがあったというわけだ(③は②の裏付けという意味合いもあるのだ)。

そして、そのジャマールの物語は、同じみなし児でスラム育ちのラティカという少女への想いの物語でもあって、ジャマールにとっては、クイズ番組に出たのもラティカが聞いていてくれるのではないかという願いからなのだった。

ミリオネアになる夢物語とクイズ正解の謎、それに純愛。映画としての要素はもう十分すぎるのだが、カメラは、スラムという、言葉では知っていても実体となるとどこまで把握しているかあやふやな場所へと乗り込んでいる。そしてここでの映像は、見事なほど躍動感に満ちたもので、生きる力をまざまざと感じさせてくれるのである(注1)。

宗教対立でジャマールの母親は殺されてしまうし(注2)、子供をダシに稼いでいる悪党(『クリスマス・キャロル』のスクルージといった役所)のやることも悪辣で残酷極まりない(注3)のに、彼らが生きようとする力の前では、そう大した障害とも思えない気分になってしまうのだ。で、多分そういうことも含めて、いや、それこそが、かな、「運命だった」と言いたいのだろう。

であれば、最後の問題を振られたラティカ(ジャマールは兄のケータイへかけたはずだったが、兄からラティカに渡されていた)には、何が何でも正解を言ってほしかったのだが、これをしてしまうと、また最後に答えの謎解き映像を挿入することになって、その分しまりのない映画になってしまう可能性もある。まあ、それは今までの構成に準じてやったらの話ではあるが。

私がうまい映画と思いながらもうひとつ乗れなかったのは、「運命だった」を「ついていた」に置き換えてしまいたくなるところもあるからで、だって、どうでもいいことだが、クイズは最後まで四択なんだもの。ま、これはこれは元の番組がそうなんだろうけど、ツキで勝ち抜いてしまうこともないとは言い切れないんでね。

最後になったが、小ずるい性格に育ってしまった兄のサリームには、ちょっぴり同情もしたくなる。ま、それは映画だからで、実例としてあったら許せないのだけど、最後は彼なりに、弟のために命を賭けて頑張ってくれるのだ。

注1:仰天場面もある。貸トイレ番で稼いでいた兄弟だが、映画スターがやって来た時に、ジャマールはサリームに意地悪をされてトイレに閉じ込められてしまう。映画スターに会いたいジャマールは意を決して肥だめに飛び込んで脱出する。糞まみれになってサインをもらいに行くのだが、思ったほどには周りは騒がないし、映画スターもちゃんとジャマールにサインをくれるのだった(えらい!)。

注2:ヒンズー教徒によるイスラム教徒への襲撃らしい。ここらへんの事情はさっぱりなのだが、これだとヒンズー教徒は悪者になってしまうけど、いいのかしら。

注3:同情がかいやすくなる(=稼ぎが増える)からと、歌のうまい子供の目を潰して路上で歌わせていたのだ。数年後に、このめくらの歌い手からジャマールが「偉くなったんだね」と声をかけられる、なんとも胸をつかれる場面がある。が、彼が目を潰されたその時にジャマールとサリームは逃げ出したので、ジャマールの声を彼が覚えていたというのは、多少苦しい気がしてしまう。

   

原題:Slumdog Millionaire

2008年 120分 イギリス、アメリカ シネスコサイズ 配給:ギャガ・コミュニケーションズ PG-12 日本語字幕:松浦奈美

監督:ダニー・ボイル 共同監督:ラヴリーン・タンダン 製作:クリスチャン・コルソン 製作総指揮:ポール・スミス、テッサ・ロス 原作:ヴィカス・スワラップ『ぼくと1ルピーの神様』 脚本:サイモン・ボーフォイ 撮影:アンソニー・ドッド・マントル  プロダクションデザイン:マーク・ディグビー 衣装デザイン:スティラット・アン・ラーラーブ編集:クリス・ディケンズ 音楽:A・R・ラーマン

出演:デヴ・パテル(ジャマール・マリク)、マドゥル・ミッタル(サリーム・マリク/ジャマールの兄)、フリーダ・ピント(ラティカ)、アニル・カプール(プレーム・クマール/クイズ司会者)、イルファン・カーン(警部)、アーユッシュ・マヘーシュ・ケーデカール(幼少期のジャマール)、アズルディン・モハメド・イスマイル(幼少期のサリーム)、ルビーナ・アリ(幼少期のラティカ)

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