誰も守ってくれない

109シネマズ木場シアター4 ★★★☆

■「守ってくれない」と嘆くのではなく「守れ」というのだが

被害者やその家族でもなく、容疑者本人でもなく、無関係なはず(厳密にはそうは言えないが)の容疑者の家族が、容疑者の家族になってしまったことでどういう状況に追い込まれるのかという、あまり目が付けられていない分野に踏み込んだ意欲作である。同じ題材で『手紙』(2006)という作品があったが、『手紙』が長い期間を扱っているのに対し、こちらは事件直後という緊迫した時間に焦点を当てている。

18歳の長男が殺人事件の容疑者(小学生姉妹の殺害犯)として捕まったことで、船村家の生活は一変する。状況を把握する間もなく、両親と15歳の娘の沙織は、3人別々に保護すると警察に言いわたされる。

「犯罪者の家族の保護については、警察は公には認めていない」と映画の中でも言っていたし、この仕事を与えられた勝浦刑事も「それって一体何ですか」と上司に聞き返していたくらいで、でもちゃんと保護マニュアルのようなものは出来ていて、それに従って3人は名前を変えられ(両親を離婚させ、籍を母親の方に入れ直す)、沙織には就学義務免除の手続きが取られる。

学校に行けなくなる理由さえ理解出来ずにいる沙織を、報道陣に取り囲まれ騒然とした家から連れ出す勝浦だが、用意してあったホテルも彼らにすぐ嗅ぎつかれてしまう。保護マニュアルの強引さには頭をひねりたくなるし、何故当日から3人を別々にしなければならないのかがよくわからないのだが(容疑者の兄を庇われたら困るという警察の都合もありそうだ。当然とはいえ沙織からも供述は取ろうとしていたから、保護だけが目的ではないのかも)、たたみかけるような展開は、観客をもただならぬ臨場感の中に引き込んでいく。

このあと女精神科医の登場といういささか謎めいた設定が息抜きとなっているが(ただでさえ不安がっている沙織になかなか正体を告げない精神科医ってーのもなぁ)、これは勝浦の相棒を松田龍平にし「背筋が凍る」関係にしたあたりでもわかるように、君塚良一の趣味またはサービス精神なのだろう。

このサービス精神が、精神科医のもとからさらに勝浦とはワケありのペンションへと舞台を移させたのだろうか(もちろん逃げ出さずにいられなかったというようにはなっている)。ペンションの経営者本庄夫妻は、3年前に勝浦の捜査ミスで、子供を失っている。別の事件ながら、被害者の家族という沙織とは対極にある人物を登場させることによって、沙織の置かれた立場を、簡単に同情するだけでいいのかと、もう一度観客に最初から考えることを促そうとする。

「ウチの子は守ってくれなかったのに、犯人の子は守るんですか」(注1)「あんたには被害者の家族も加害者の家族も同じ。本当はあんたの顔も見たくないんだ!」という本庄圭介の勝浦への怒りはわからなくもないが、だったら最初から受け入れるなと言いたくなるし(言い過ぎたと次の日頭をさげていたが)、勝浦が、この事件が起こらなくても妻と娘とでこのペンションに来ようとしていたという件には首をかしげたくなった。贖罪のつもりなのだろうか。それとも「まだギリギリ繋がっている」家族に、本城夫妻を対面させて自分の立場をわかってもらおうとでも思ったのか(だったらちょっとなぁ)。

勝浦はその事件で、上司の命令に従っただけなのに停職処分になったというし、もちろん彼が悔やんでも悔やみきれずにいるのはわかるのだが、そのことで梅本記者に問い詰められたり、個人的な新聞ネタにまでなっていたとしては、大げさになる。

今回の事件については、発覚当初からネットでの格好の餌食になっていたが、それはますますエスカレートし、言葉だけにしても容赦のない憎悪をつのらせていた。そして何故か書き込みは、容疑者の身元から沙織や勝浦のことにまで及び、誰も知らないはずの居場所(ペンション)まで公開されてしまう。情報が沙織のケータイから漏れていたというのは、盲点だし伏線(注2)のしっかりしたいいアイデアなのだが、彼女の情報をばらまくことでネットのカリスマになろうとした達郎が、のこのことペンションまでやって来ては台無しではないか。

情報が漏れてしまったのは偶然の連鎖とでもし、生映像実況中継も別なグループ脅かされて、くらいの救い(これは沙織にとっての救いにもなるし、って甘いか)はあってもいいような気がする(ないようにしたいのだろうが)。表だった行動のできない匿名性を隠れ蓑にしたネットの住人にしてはやりすぎな気がするが、役割分担であればこういう状況もないとはいえまい。ペンションのまわりに亡霊のように何人も立っている場面も同様で、この野次馬は、まるで亡霊のようにケータイやビデオカメラを向けたネット族的なイメージにするのではなく、どこにでもいる一般人にした方がかえって説得力が出たのではないか。

ついどうでもいいことを書きすぎたが、海岸で勝浦が沙織に、「お兄さんを守ろうとした」ように「これからも君が家族を守るんだ」と言い聞かせる重要な場面も、実はあまり頷くことが出来なかった。「お兄さんを守ろうとした」というのは、兄(容疑者)が父に勉強ばかりやらされて苦しんでいたと沙織が語ったことを、つまり兄の心境を察していることを踏まえて勝浦が言うのだが、「家族を守る」という言葉に対しては、沙織は「お父さんに会いたくない」と反応していて(父は成績の落ちた兄をぶったのだという)、それはそれで仕方のないことではないかと思ってしまう。

「罪を犯しても家族」と言われても、家族意識の希薄な私には受け入れがたいところがある。「誰かを守るということは、その人の痛みを感じること」で、「人の痛みを感じることはつらいが、生きていくということはそういうこと」なのだから目をそらしてはいけないと言っているのだろうか(勝浦は「生きるんだ」と言って母親が自殺した時に手にしていた家族の集合写真を渡し、沙織を引き寄せて頭を抱く)。

そうするのがきっと正しいのだろう。そういう確信(解決方法とは思っていないにしても)が持てる勝浦だからこそ、本庄夫妻のペンションに家族で行く予約を入れていたのだろう。本庄夫妻とも自分の妻と娘とも、きちんと向き合おうとして。理屈はそうなのだけれど、そして勝浦が自分の家族のことは、結果はどうあれそうしなければならないにしても、本庄夫妻のことからは離れてしまった方が(忘れることはできなくても)いいように思うのだが……。

なじめないところは多々あるのだが、力作、なのは間違いない。

注1:母親の自殺を、勝浦からではなく同級生の達郎からきいた沙織にしてみれば、勝浦が自分を守ってくれているという認識などこの時はなかったと思われる(もちろん本庄圭介にはそんなことは関係のないことである)。

注2:女精神科医のところにいた時「見られたら恥ずかしくて死ぬ」という沙織の言葉で、勝浦はわざわざ家宅捜索中の家に戻り、彼女の(充電中にしてあった)ケータイを取ってきてやっていた。

 

2008年 118分 ビスタサイズ 配給:東宝

第32回モントリオール世界映画祭最優秀脚本賞受賞

監督:君塚良一 製作:亀山千広 プロデューサー:臼井裕詞、種田義彦 アソシエイトプロデューサー:宮川朋之 脚本:君塚良一、鈴木智 撮影:栢野直樹 美術:山口修 編集:穂垣順之助 音楽:村松崇継 主題歌:リベラ『あなたがいるから』 VFXディレクター:山本雅之 ラインプロデューサー:古郡真也 音響効果:柴崎憲治 照明:磯野雅宏 製作統括:杉田成道、島谷能成 装飾:平井浩一 録音:柿澤潔 監督補:杉山泰一

出演:佐藤浩市(勝浦卓美)、志田未来(船村沙織)、松田龍平(三島省吾/勝浦の同僚)、木村佳乃(尾上令子)、柳葉敏郎(本庄圭介/ペンション経営者)、石田ゆり子(本庄久美子)、佐々木蔵之介(梅本孝治/記者)、佐野史郎(坂本一郎)、津田寛治(稲垣浩一)、東貴博(佐山惇)、冨浦智嗣(園部達郎/沙織の同級生)、須永慶、掛田誠、水谷あつし、伊藤高史、浅見小四郎、井筒太一、渡辺航、佐藤裕、大河内浩、佐藤恒治、長野里美、野元学二、菅原大吉、西牟田恵、平野早香、平手舞、須永祐介、山根和馬、浮田久重、柄本時生、ムロツヨシ、青木忠宏、渡仲裕蔵、阿部六郎、積圭祐

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