ある子供

早稲田松竹 ★★★☆

■子供が親になりまして……

20歳のブリュノはいい加減なヤツだ。まだ小学生か中学生くらいのスティーヴたちを使って盗みを働いてのその日暮らし。18歳のソニアが妊娠して入院すれば、同居していた彼女のアパートは貸してしまうし(映画は出産してアパートにソニアが帰ってくる場面から始まる。この導入部はよく考えられている)、生まれてきた子供にも関心がなさそうだ(わかるけどね)。彼女にも「(入院中に)見舞いにも来てくれないし」となじられていた。

一体ソニアはブリュノのどこを好きになったのだろう。ふたりが子犬のようにじゃれあう姿はあまりに無邪気すぎて、うらやましく思う反面、やはり子供の親としては心もとなくて心配になるばかりだ。

それでもソニアには子供を産んだ母親としての自覚がはっきりと芽生えているから救われる。ブリュノにはちゃんとした職に就いて欲しいのだが、ブリュノは「クズ共とは働けない」とどこまでもお気楽で、職安の列にも並びたがらない。

ソニアが代わりに列に並び、子供の乳母車をブリュノがひくことになるのだが、ひとりになった途端、盗品の売りさばき先(闇ルート)で子供が高く売れる話を思い出し、それこそ思いつきのように話をまとめ、売ってしまう。ここはあれよあれよという間に話が進み、すぐにお膳立てされた場所で子供とお金が交換されていく。

映画は、前編ドキュメンタリーのような作りで、だからこの場面は怖い。『息子のまなざし』と手法は似ているがカメラの位置は多少引き気味で、多少は余裕をもって画面を追えるからあそこまでの息苦しさはないのだが、淡々と取引が進行することが緊迫感を生み出すのは同じだ。

悪びれた様子もなくお金を見せるブリュノにソニアは卒倒し、病院に運び込まれる騒ぎとなる。

ブリュノにソニアの反応が予想できなかったのにはあきれるが、なるほど「ある子供」とはやはり彼のことだったのだ。靴の泥で壁を汚し、その印がどのくらい高くまでつけられるかというひとり遊びに興じていたが、あれはまぎれもなく彼の、そのままの姿だったわけだ。20歳にしてはあまりに幼くて、後になって警官に「俺の子じゃない」とか「浮気したいからムショに送る気だ」とソニアを非難する嘘の言い逃れをしたり、一転ソニアに泣きつき金をせびるあたりでは、観ているのがつらくなるほどだ。

話が前後するが、ソニアに訴えられるかもしれないと思ったブリュノは売ったばかりの子供を引き取ることにする。売った時と同じような手順がここでまた繰り返されるのだが、普通の劇映画のような省略や緩急をつけた演出ではないから、ある部分ではいらつくような流れになるのだが、それがまた心理的な効果を増幅し静かな怖さを呼び戻す。

子供の買い戻しはあっさりできたものの、ブリュノは儲け損なった闇ルートの一味に身ぐるみはがれ、多額の借金を負うことになる。そして、スティーヴを使ってのひったくり。そして、金は奪ったもののこれが失敗してブリュノはムショ送りとなる。

ブリュノはやることは子供で何の考えもないのだが、ある部分では憎めないところがあるのも確かだ。言われれば子供の認知もするし、仲間うちでのルール(盗みの配分)もきっちり守っている。自分のせいで冷たい川に入ったスティーヴを必死で介抱するし、スティーヴが捕まれば自分が首謀者であると名乗り出る(もっともこれには闇ルートからの追求には逃れられそうもないということもあるだろう)。

ソニアはブリュノのそういった部分を好きになったのだろう。だから最後は彼女が服務中のブリュノに面会するという感動的な場面になる。ここではじめてブリュノは息子のジミーの名を自分から口にする。

だけどねー、意地悪な見方をすればここでもブリュノはまだまだ子供なのではないか。若年層の失業率が20%というベルギーの状況をふまえての映画ということでは意味があるのかもしれないが、ブリュノがまだ善悪を知らない子供として描かれている、つまりは最初から救いはあったという観点からいうと、すごく甘い映画にしかみえないのだ。

【メモ】

育児センターの職員が、子供の様子を見にくる。

先のことなど何も考えず、余ったお金でソニアに自分とお揃いの皮ジャンを買う。

じゃれ合うのはソニアからも。飲みかけの飲料をブリュノにふりかけて、追い駆けっこを始めるふたり。

「子供は売った。またできるさ」。このセリフのあとにソニアが卒倒するのだが、卒倒場面は『息子のまなざし』でも出てきた。卒倒好きなのね。でもこちらの方が自然だ。

ブリュノが子供を取り戻して病院に戻るとソニアは警察を呼んでいた。ここで浮気発言になるのだが、子供は(自分の)母親に預けていた、という嘘もつく。このあと母親に口裏を合わせてもらいに母のアパートを訪ねるのだが、母は見知らぬ男と一緒にいる。

往来の激しい車道を主人公たちは何度か横断する。単純だがこれが不安感を煽る。子供を抱いて渡る場面では実際はらはらしてしまった。

最後はまた無音のエンドロール。

原題:L’Enfant2005年 95分 ビスタサイズ ベルギー、フランス PG-12 日本語字幕:寺尾次郎

監督・脚本:リュック&ジャン=ピエール・ダルデンヌ 撮影監督:アラン・マルコァン、カメラマン:ブノワ・デルヴォー カメラ・アシスタント:イシャム・アラウィエ 録音:ジャン=ピエール・デュレ 編集:マリー=エレーヌ・ドゾ 美術:イゴール・ガブリエル

出演:ジェレミー・レニエ(ブリュノ)、デボラ・フランソワ(ソニア)、ジェレミー・スガール(スティーヴ)、ファブリツィオ・ロンジョーネ(若いチンピラ)、オリヴィエ・グルメ(私服の刑事)、ステファーヌ・ビソ(盗品を買う女)、ミレーユ・バイ(ブリュノの母)

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