ハンニバル・ライジング

109シネマズ木場シアター6 ★★★☆

■常識人の創った怪物

あの「人食い(カニバル)ハンニバル」の異名を持つ殺人鬼レクター博士の誕生話。

トマス・ハリスなら最初の『レッド・ドラゴン』を書いた時点で、当然レクター像もかなり煮詰めていたはずである。といってこの作品までの構想があったかというと、むろん私にはわからないのだが、全体の輪郭が当初からあったと聞けばなるほどと思うし、後付けであるならそれもさすがと思ってしまうくらいよく出来ている(文句を書くつもりなのにほめてしまったぞ)。

そして、結論は意外と単純なものであった。あれだけの反社会的精神病質者を生みだしたのは、そのレクターの存在以上に狂気が至るところにあった戦争だったというのだから。

第二次大戦中の1944年、6歳のハンニバル・レクターは、リトアニアの我が家レクター城(名門貴族なのね)にいた。戦争は彼の恵まれた環境をいとも簡単に壊してしまう。ドイツ空軍の爆撃で父母を奪ばわれたハンニバルは、幼い妹のミーシャと山小屋に隠れ住むが、そこに逃亡兵がやってきたことで悲劇が起きる……。

戦後ソ連軍に解放された家は孤児院となり、ハンニバル(ギャスパー・ウリエル)はあれから8年間をそこで過ごしていたが、他の孤児のいやがらせに脱走し、手紙の住所をたよりにフランスにいる叔父を訪ねる。

ただ、この逃避行で、彼はすでにかなりの非凡さを披露してしまう。なにしろ孤児院を抜けるだけでなく、冷戦時代の国境まで越えてしまうし、いやがらせをした相手への復讐も忘れないなど、後年のレクター博士がすでにここにいるのである。

これでは興味が半減してしまう。もちろんまだカニバルの部分での謎は残っているし、映画としての娯楽性を損ねることなく進行させねばならない、という理由もあってしたことだろうから、それには目をつぶっておく。

さて、フランスに無事たどり着いたレクターだが、叔父はすでに死んでいて、しかし日本人の未亡人レディ・ムラサキ(コン・リー)の好意で、そこに落ち着くことになる。が、肉屋の店主がムラサキに性的侮辱の言葉を浴びせたことで、彼の中の獣性が目を覚ます……。

ムラサキの下でハンニバルは日本文化の影響を受けることになる。ムラサキによる鎧と刀を使った儀式めいたものが演じられるし、ハンニバルが肉屋の首を斬りとったのもこの日本刀を使ってだった。ただ、この部分は日本人には首を傾げたくなるものでしかない。

ポピール警視の追求を受けるものの、ハンニバルは最年少で医学部に入学する。なるほど、後年、精神科医にはなるが、人間を解剖したりする知識は早くから学問として学んでいたというわけか。

このあと、度々悪夢に襲われるハンニバルは、ミーシャの復讐を次々と果たしていく。この復讐劇が予定通りに成し遂げられていくのは、青年ハンニバルがもうレクター博士になっている証拠のようなもので(フランスへの逃避行からだった)、特別な見せ場にもならないほど粛々と進行していく。

が、このことで復讐相手のグルータス(リス・エヴァンス)の口から、飢えをしのぐためにミーシャを食べたのはお前もだと逆襲されることになる。これはかなり衝撃的な事実であるし、ここを映画のクライマックスにもしているので、これをもってカニバルの説明としたいところだが、妹の人肉を食べたことがハンニバルの中で嫌悪にはならず、人肉食を追求するようになった理由にまではなっていないように思われる。

それにこれは本当に説明可能なことなのだろうか。青年ハンニバルを描くことになれば、当然それが明かされるはずと思い込んでいたが、それが簡単なものでないことは誰しも気付くことだ。

ムラサキはハンニバルの最初の殺人を容認するばかりか擁護してしまうのだが、最後は彼に復讐を断念し脱走兵を許すことを求める。が、もう耳を貸すようなハンニバルではなくなっている。けれど、それなのに、ハンニバルはムラサキに「愛している」と言うのだ。

ハンニバルもここまでは夢にうなされるし、愛という言葉を口にする人間だったのである。だから彼の犯罪もこの作品では、非礼に対する仕返しであり、妹への復讐であって、彼の側にも正当性がかろうじてあったのだ。しかしムラサキに「あなたには愛に値するものがない」と言われてしまったことで、ハンニバルにあった人間は消えてしまう。

説明つきかねるものをやっとしたという感じがなくもないが、しかしそうさせたのは、レクター博士を想像したのが常識人のトマス・ハリスだったからではなかったか。いや、これはまったくの推論だが。

なお蛇足ながら、ギャスパー・ウリエルのハンニバル像は、アンソニー・ホプキンスにひけを取らぬ素晴らしいもので、彼にだったら続編を演じてもらってもいいと思わせるものがあった。そうして、今回定義出来なかった悪をもっと語ってもらいたいと思うのだ。さらに的外れになることを恐れずにいうと、善から悪への道は『スターウオーズ エピソード3 シスの復讐』の方がよほど上で、ハンニバルは最初から悪そのものを楽しんでいたという設定にすべきではなかったか。

ところでチラシには「天才精神科医にして殺人鬼、ハンニバル・レクター。彼はいかにして「誕生(ライジング)」したのか?――その謎を解く鍵は“日本”にある」となっているのだけど、ないよ、そんなの。

原題:Hannibal Raising

2007年 121分 シネスコサイズ アメリカ、イギリス、フランス R-15 日本語字幕:戸田奈津子

監督:ピーター・ウェーバー 製作:ディノ・デ・ラウレンティス、マーサ・デ・ラウレンティス、タラク・ベン・アマール 製作総指揮:ジェームズ・クレイトン、ダンカン・リード 原作:トマス・ハリス『ハンニバル・ライジング』  脚本:トマス・ハリス 撮影:ベン・デイヴィス プロダクションデザイン:アラン・スタルスキ 衣装デザイン:アンナ・シェパード 編集:ピエトロ・スカリア、ヴァレリオ・ボネッリ 音楽:アイラン・エシュケリ、梅林茂
 
出演:ギャスパー・ウリエル(ハンニバル・レクター)、コン・リー(レディ・ムラサキ)、リス・エヴァンス(グルータス)、ケヴィン・マクキッド(コルナス)、スティーヴン・ウォーターズ(ミルコ)、リチャード・ブレイク(ドートリッヒ)、ドミニク・ウェスト(ポピール警視)、チャールズ・マックイグノン(ポール/肉屋)、アーロン・トーマス(子供時代のハンニバル)、ヘレナ・リア・タコヴシュカ(ミーシャ)、イヴァン・マレヴィッチ、ゴラン・コスティッチ、インゲボルガ・ダクネイト

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