松ヶ根乱射事件

テアトル新宿 ★★★★

■事件が起きても起きなくても

90年代にさしかかろうという頃。鈴木光太郎(新井浩文)は、「いのししと伝説のまち」松ヶ根の警察官だ。轢き逃げにあった赤い服の女(川越美和)の検死に立ち会っていると、女は息を吹き返してしまう。池内みゆきというその女は、刑事(光石研)の質問をはぐらかしたまま、翌日には西岡佑二(木村祐一)のいる宿に帰っていった。

光太郎には双子の兄の光(山中崇)がいて、母みさ子(キムラ緑子)と姉夫婦(西尾まり、中村義洋)の鈴木畜産の仕事を手伝っている。家族は他に痴呆の祖父豊男(榎木兵衛)に父の親豊道(三浦友和)。が、豊道は愛人国吉泉(烏丸せつこ)の理容室に家出中で、泉の娘の春子(安藤玉恵)を妊娠させてしまったらしい。

らしいと書いたのは、知的障害の春子は町の人間の共有物となっていて、泉も自分の管轄下に春子がいる時は、客から堂々と金をせしめている。だから本当は誰が父親なのかわからないというわけだ。なのに、これはもう最後の方なのだが、春子がいざ出産となり泉が呼びにくると、(祖父の死からまた家に戻っている)豊道はいそいそと出かけていくのである。

ところで、例の轢き逃げ犯だが、なんと光だったのだ。それが池内みゆきにわかってしまったものだから、西岡に脅迫され、氷を割った湖に潜らされるはめになる。湖底からボストンバッグを引き上げると、中からは沢山の金の延べ棒と生首が入っていた。

西岡とみゆきは金の延べ棒を銀行で換金しようとするが、それはかなわず、が、光の世話で祖父が以前住んでいた家に堂々と居着き、さらに光に金まで要求する。で、光は鈴木畜産の金に手を付けてしまうし、幼なじみにモテるようになるからと延べ棒を20万で売りつけたりする。

光太郎は光を問いつめ、生首の存在まで確認するのだが、警官のくせに光に止められるとなんのことはない、そのことに関わるのをやめてしまうのである。この時、自分の恋人が親を連れて鈴木家にやってきて(もちろんそういう話になっていた)結婚の話をまとめるはずだったらしいのが、豊道のでしゃばり(饒舌になったのは彼のサービス精神らしい)でなんとなくヘンな空気が流れ、そのことで春子の妊娠を咎めると、逆に豊道から「なんで俺の子だって決めつけられるんだ。お前もだろ」と言われてしまうというショックなことがあったからではあるのだが。

三浦友和演じる豊道というだらしない父親は、ただ明るくて憎めないだけの男かと思っていたので、この逆襲には凄味すらあった。光太郎の追求に前回はただただとぼけていただけだからよけいそう感じてしまう。豊道のように生き生きと振る舞われては、ヤクザ者の西岡だって負けてしまいそうではないか(この対立は実現しないが)。

それにしても光太郎の中身のなさはなんなのだ。いくらなんでも豊道に指摘されるまで、春子の子のことを考えもしないとは(映像としてのヒントはあった)。光太郎が惚けたようになったからというのではないだろうが、光は単身西岡とみゆきの所へ殴り込みに行く。が、これは予想通り成功しない……。

西岡佑二と池内みゆきの出現で、平和な町がどこかおかしくなっていく、というのがこの映画の骨組みと見当をつけていたのだが、どうやらそんな簡単なものではなさそうだ。

西岡とみゆきは、どう話を付けたのか、駅の売店で本物の金を使っていますというキーホルダーを1ヶ5000円で売り出すし、あのまま祖父の家にふたり名前の表札まで飾って、見事におさまってしまうからだ。春子には子供が生まれ、恥ずかしくて外を歩けないといっていたみさ子も、多分もう平気で近所の人たちとお喋りをしているのではないか。

この町(といっても物語自体はもう少し狭い範囲で進行しているようだが)の豊道的空気の中に、あんなに異質だった流れ者の2人も取り込まれてしまったということなのだろうか。

収束した町にあって光太郎だけには、まだ派出所に出没する鼠の動き回る音が聞こえるらしい(罠にはかからないので存在は確認できていない)。彼は春子のこともそうだったように、自分に都合のいいようにしか頭を働かせられないのか、役所を訪ね、元から断たないとだめなんです、などと言いながらコロリンX(農薬か?)を撒こうとするのである。しかしこんな大それたことをしても問題にはならなかったらしい。というのもそこから場面はフェードアウトし、町の遠景となり、そのあと(私の文だと前後してしまったが)キーホルダーと表札のカットになってしまうからだ。

ああ、これで終わってしまうのか(あくまで観ている側の感覚はユルくなっている)と思っていると、突如光太郎が派出所から道に出て、拳銃を乱射する。で、すみません、もうしませんからとまた派出所に戻っていくのだ。ああ、そうだった(乱射があってもまだユルいままなのね)と、これでタイトルの乱射事件が起きていなかったことにやっと気が付くというわけである(冒頭に轢き逃げ事件があったからうっかりしてたのだな)。

それにしてもコロリンXを手にしての行動すら相手にされないのだから、こんな乱射など事件にもなるまいて。光太郎はもうそれで納得なのだろうか。

こういう映画は解釈する余地が大きいから、いくらでもいろいろなことが言えるし、勝手に遊んでしまっても楽しめる。作り手もずるいから「多少の脚色は職業上の悪癖……」といきなり断っていたしね。でもそれは置いておくにしても、やはりこの町の収束ぶりが、松ヶ根特有というのではなく、私のいる世界にもあてはまるような気がして、ちょっぴり恐ろしくなったのである。

2006年 112分 サイズ■ PG-12

監督:山下敦弘 製作:山上徹二郎、大和田廣樹、定井勇二、大島満 プロデューサー:渡辺栄二 企画:山上徹二郎 脚本:山下敦弘、向井康介、佐藤久美子 撮影:蔦井孝洋 美術:愛甲悦子 衣装:小林身和子 編集:宮島竜治 共同編集:菊井貴繁 音楽:パスカルズ エンディング曲:BOREDOMS『モレシコ』 照明:疋田ヨシタケ 装飾:龍田哲児 録音:小川武 助監督:石川久

出演:新井浩文(鈴木光太郎)、山中崇(鈴木光/双子の兄)、川越美和(池内みゆき)、木村祐一(西岡佑二)、三浦友和(鈴木豊道/父)、キムラ緑子(鈴木みさ子/母)、烏丸せつこ(国吉泉/父の愛人)、安藤玉恵(国吉春子/泉の娘)、西尾まり(富樫陽子/姉)、康すおん(立原勇三/光太郎の同僚)、光石研(刑事)、でんでん(青山周平/弁当屋)、榎木兵衛(鈴木豊男/祖父)、中村義洋(富樫圭一/姉の夫)、鈴木智香子(荻野セツ子/恋人)、宇田鉄平(坂部進/べーやん)、桜井小桃(富樫真由)