筆子・その愛-天使のピアノ

テアトル新宿 ★☆

■石井筆子入門映画

男爵渡邉清(加藤剛)の長女として育った筆子(常盤貴子)は、ヨーロッパ留学の経験もあり、鹿鳴館の華といわれるような充足した青春を過ごす。教育者として女性の地位向上に力を注ぐが、男どもは今の国に必要なのは軍隊といって憚らない富国強兵の時代だった。

高級官吏小鹿島果(細見大輔)と結婚し子を授かるが、さち子は知的障害者だった(子供は3人だが、2人は虚弱でまもなく死んだという)。「たとえ白痴だとしても恥と思わない」と言ってくれるような夫の果だったが35歳で亡くなってしまう。

石井亮一(市川笑也)が主宰していた滝乃川学園にさち子を預けたことで、次第に彼の人格に惹かれるようになり、周囲の反対を押し切って再婚。ここから2人3脚の知的障害者事業がはじまることになる。

石井筆子を知る入門映画として観るのであれば、これでもいいのかもしれない(詳しくないのでどこまでが事実なのかはわからない)が、映画としてははなはだ面白くないデキである。筆子を生涯に渡って支えることになる渡邉家の使用人サト(渡辺梓)や、後に改心する人買いの男(小倉一郎)などを配したり、石井亮一との結婚騒動(古い考えの父親とサトとの対決も)などでアクセントをつけてはいるが、所詮網羅的で、年譜を追っているだけという印象だ。

辛口になるが、常盤貴子の演技も冴えない。面白くないことがあると(この時は亮一と衝突して)鰹節を削ってストレスを発散させるのだが、この場面くらいしか見せ場がなかった。ついでながら、ヘタなズームの目立つ撮影も平凡だ。

副題の天使のピアノにしても、最初と最後には出てくるが、劇中では筆子の結婚祝いという説明があるだけで、特別な挿話が用意されているわけではないので意味不明になっている。

当時の知的障害者に対する一般認識は、隔離するか放置するかで、縛られたり座敷牢に入れられて一生を過ごすということも普通だったようだ。映画でもそのことに触れていて、さらに「一家のやっかいものだが、女は年が経てば……」と踏み込んでみせるが、それもそこまで。実際の知的障害者の出演もあるが、その扱いも中途半端な気がしてしまうのは、考え過ぎか。

亮一の死後(1937年没)、高齢ながら学園長になった筆子だが、1944年に82歳で没するまで、晩年は何かと不遇の時期を過ごしたようだ。戦時下では、戦地に行き英霊になって帰ってきた園児もいたし、そのくせ「知恵遅れには配給は回せない」と圧力がかかり何人もの餓死者が出たというのだが、1番描いてほしかったこの部分が駆け足だったのは残念でならない。

【メモ】

石井筆子(1865年5月10日~1944年1月24日)。

真杉章文『天使のピアノ 石井筆子の生涯』(2000年ISBN:4-944237-02-2)という書籍があるが、原作ではないらしい。

何故か同じ2006年に『無名(むみょう)の人 石井筆子の生涯』(監督:宮崎信恵)という映画も作られている。こちらはドキュメンタリーのようだ(プロデューサー:山崎定人、撮影:上村四四六、音楽:十河陽一、朗読:吉永小百合、ナレーション:神山繁、出演:酒井万里子、オフィシャル・サイトhttp://www.peace-create.bz-office.net/mumyo_index.htm)。

2006年 119分 ビスタサイズ

監督・製作総指揮:山田火砂子 プロデューサー:井上真紀子、国枝秀美 脚本:高田宏治 撮影:伊藤嘉宏 美術監督:木村威夫 編集:岩谷和行 音楽:渡辺俊幸 照明:渡辺雄二 題字:小倉一郎 録音:沼田和夫 特別協力:社会福祉法人 滝乃川学園

出演:常盤貴子(石井筆子)、市川笑也(石井亮一)、加藤剛(渡邉清)、渡辺梓(藤間サト)、細見大輔(小鹿島果)、星奈優里、凛華せら、アーサー・ホーランド、平泉成、小倉一郎、磯村みどり、堀内正美、有薗芳記、山田隆夫、石濱朗、絵沢萠子、頭師佳孝、鳩笛真希、相生千恵子、高村尚枝、谷田歩、大島明美、田島寧子、石井めぐみ、和泉ちぬ、南原健朗、本間健太郎、板倉光隆、真柄佳奈子、須貝真己子、小林美幸、星和利、草薙仁、山崎之也、市原悦子(ナレーション)

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