幸福な食卓

楽天地シネマズ錦糸町-4 ★★★☆

■崩壊家族とは対極にある家族の崩壊+恋物語

今日から中学3年生という始業式の朝、中原佐和子は、兄の直と一緒に「今日で父さんを辞めようと思う」という父(弘=羽場裕一)の言葉をきく。こんなことを言い出す父親が、いないとは言わないが、相当生真面目というか甘ったれというか……。

家族揃って朝食をとるのだから、きちんとしているのかと思いきや、これはかつての名残で、母親の由里子(石田ゆり子)は近所のアパートでひとり暮らしをしているし(なのに食事の支度はしにくるのだ。これは母さんを辞めていないからなんだと)、優秀だった兄は大学に行かず農業をはじめたというし、とりあえずは真っ当にみえる佐和子も、梅雨になると調子が悪くなるらしく、薬の世話になっていたようなセリフがある。

ただ崩壊家族にしては家族間の会話は濃密で、親子だけでなく兄妹の風通しだってすこぶるいい。そこだけを見れば理想の家族といっていいだろう。別居はしているものの、父が母のバイト先の和菓子屋に顔を見せる場面だってある。

それなのにどうしてそんな生活をしているのかは、3年前の父の自殺未遂にあるのだと、これはすぐ教えてもらえるのだが、その原因についての説明はほとんどない。直が父の自殺未遂を見てオレもこの人みたいになると感じ(父の遺書を持っているのは予防薬のつもりか)、子供の頃から何でも完璧にやってきたのが少しずつズレていったのだと佐和子に告白することが、間接的だが唯一の説明だろうか。いや、もうひとつ、母が父より頭がよかったらしく、そのことで気をつかっていたらしいのだが、何も気付かなかったことをやはり悔いていた。そうだ、まだあった(けっこう説明してるか)。やってみたかったという猫飯(みそ汁かけご飯)もね。でもこれは父さんを辞めてからだから、ということは父親はやってはいけないんだ(私はやるんだなー、これ。何でいけないんだろ)。

で、その父親は、教師の仕事を辞め、父親であることを辞め、もう一度大学(今度は医大のようだ)に行くと勉強を始め、夜は予備校でバイト。でも1年後には受験に失敗し浪人生に……。勉強の仕方をみて「父さんになっちゃってる」という佐和子だが、私には父を辞めるという意味がさっぱりわからない。直も「人間には役割があるのに、我が家ではみんなそれを放棄している」と言っていた。どうやら中原家の住人は、私と違って役割というものを全員が理解しているらしい。

どうにも七面倒臭い設定だが、それが鬱陶しくならないのは、もう1つの柱である佐和子の恋物語が、いかにも中高生らしい清々しいものだったからだ。

相手は始業式の日に転校してきた大浦勉学(勝地涼)で、空いていた佐和子の隣の席に。彼の家も崩壊しているというが、父は仕事、母は勉強、そして弟はクワガタのことばかり、とこちらはわかりやすい。もっともそれは大浦が明るく言っただけのことだが。とにかくこの大浦の快活さと決断力がなかなかだ(ハイテンションで強引という見方もできるが)。不器用でカッコ悪いのだけど、佐和子への愛情がいたるところににじみ出ているのだ(でも、勝地涼に中学生をやらすなよな)。

そんな大浦を佐和子も真っ直ぐに受け止める。一緒に希望の高校を目指し、合格。別のクラスながら学級委員になって活躍。合唱にのってこない級友たちを大浦の秘策で乗り切ったり、キスシーンも含めてふたりの挿話がどれも可愛いらしい。そしてクリスマスが近づいてくる。大浦の家は金持ちなのだが、彼は佐和子へのプレゼントは自分で稼いだ金でしたいと新聞配達をはじめ、佐和子も母と一緒にマフラーを編み始める……。

突然の勉学の事故死はよくある展開だが、映画はこのあともきっちり描く。

父と力を合わせて料理し、この家に帰ってこようかなと言う母のセリフを全部否定するかのように、佐和子は「死にたい人が死ななくて、死にたくない人が死んじゃうなんて。そんなの不公平、おかしいよ」と言うのだ。当の父を前にして。兄からの慰めの言葉もそうなのだが、私にはこういう会話が成り立つこと自体がちょっと驚きでもある。

このあと、大浦の母や兄の恋人である小林ヨシコとのやり取りを通して、佐和子もやっと父の自殺が未遂に終わってよかったと思えるようになる。大浦のクリスマスプレゼントの中に彼の書いていた手紙があって、というあたりはありきたりだが、内容が彼らしく好感が持てる。怪しいだけでいまいち存在理由のはっきりしなかった小林ヨシコ(さくら)も、最後になって本領発揮という慰め方をする(でもまたしても卵の殻入りシュークリームはやりすぎかな)。

佐和子がお返しのように大浦の家をたずね編んだマフラーを渡すと、大浦の母はもったいないから弟にあげちゃダメかしらと言う。コイツが全面クワガタセーターで現れるのがおかしい。弟には大きいのだが、その彼が息せき切って坂道を帰る佐和子を追いかけてくる。「大丈夫だから、僕、大きくなるから」と言う場面は、しかし私にはよくわからなかった。もっと短いカットなら納得できるのだが。

そして佐和子の歩いていく場面。最初のうち彼女は何度が後ろを振り返る(うーん)のだが、だんだんとしっかり前を見てずんずん歩いていく。最後はアップになっているので、正確にはどんな歩き方をしているのかはわからないのだが、4人の食卓が用意されつつある場所(のカットが入る)へ向かって。

ここにミスチルの歌がかぶる。「出会いの数だけ別れは増える それでも希望に胸は震える 引き返しちゃいけないよね 進もう 君のいない道の上へ」と。でも歌はいらなかったような。その方が「気付かないけど、人は誰かに守られている」(大浦は本当は鯖が嫌いなのに、佐和子のために無理して給食を食べてくれていて、これはその時のセリフ)という感じがでたのではないかと思うのだ。

 

【メモ】

瀬尾まいこの原作は第26回吉川英治新人文学賞受賞作。

食卓シーンは多い。葱を炒め、醤油と生クリームで食べるおそばも登場するが、どれも大仰でなく家庭料理という感じのもの。

大浦に携帯の番号を聞かれるが、佐和子は持っていない。言いたいことがあれば直接会って話せばいい、と。

2006年 108分 シネスコ

監督:小松隆志 原作:瀬尾まいこ『幸福な食卓』 脚本:長谷川康夫 音楽:小林武史 主題歌:Mr.Children『くるみ -for the Film- 幸福な食卓』
 
出演:北乃きい(中原佐和子)、勝地涼(大浦勉学)、平岡祐太(中原直)、さくら(小林ヨシコ)、羽場裕一(中原弘)、石田ゆり子(中原由里子)

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