あかね空

楽天地シネマズ錦糸町-4 ★★☆

■本当に永吉と正吉は瓜二つだったのね

京都で修行を積んだ豆腐職人の永吉(内野聖陽)は江戸の深川で「京や」という店を開くが、京風の柔らかな豆腐が売れたのは開店の日だけだった。永吉がやって来たその日から彼のことが気になる同じ長屋のおふみ(中谷美紀)は、落ち込む永吉を励ます。そしてもう1人、永吉の豆腐を毎日買い続けてくれる女がいた。

女は永吉とは同業者である相州屋清兵衛(石橋蓮司)の女房おしの(岩下志麻)だった。相州屋夫婦は子供の正吉が20年前に永代橋で迷子になったきりで、おしのは永吉に成長した正吉の姿を重ねていたのだ。ちょっと苦しい説明ではあるが、ま、それだけおしのの正吉に対する思いが強かったということか。

毎日作った豆腐を無駄にしてしまうのはもったいないと永代寺に喜捨することを考え(もちろん宣伝の意味もそこにはあった)、永代寺に豆腐を納めている相州屋に永吉とおふみは許しを請いに出かける。勝手にしろと突き放す清兵衛だったが、後にこれはおしのの願いと弁解しながらも、永代寺に京やの豆腐を買ってくれるようたのみにいく。清兵衛は彼なりに正吉のことに責任を感じていて、死ぬ間際にはおしのにそのことを詫びていた。

こうして京やの基礎が出来、永吉とおふみの祝言となる(泉谷しげるがいい感じだ)。京やのことをと面白く思わない平田屋(中村梅雀)という同業者が「今のうちに始末しておきたい」と、担ぎ売りの嘉次郎(勝村政信)にもちかけるが、気持ちのいい彼は京やの豆腐の味を評価するし、悪意のある行動にはならない。また京やの実力もさっぱりだったので大事には至らずにすんだようだ。他に出てくる人も、みな人情に厚い人たちばかりといった感じで、前半は締めくくられる。

後半はそこから一気に18年後の、浅間山の噴火に江戸中が大騒ぎしている不穏な空気の漂う中に飛ぶ。永吉とおふみには長男栄太郎(武田航平)、次男悟郎(細田よしひこ)、長女おきみ(柳生みゆ)という3人の子がいるし、店は相州屋があった家作を引き継いで(永代寺から借りて)繁盛していたが、外回りを任されていた栄太郎が、寄合の集まりで顔見知りとなった平田屋の罠にはまって、一家の絆は崩れていく。

小説がどうなっているのかは知らないし、平田屋の動向については語り損ねた感じもするが、この時間のくくり方は場面転換としてはうまいものだ。

おふみが賭場に出入りするようになった栄太郎を庇うのは、彼に火傷をおわせてしまった過去も一因になっているようだが、このことで夫婦仲に亀裂が入るし(中谷美紀の怒りっぷりはすごかった)、運悪く永吉は侍の乗る馬に撥ねられて命を落としてしまう。

栄太郎の賭場の借金を肩代わりした平田屋は、栄太郎が清算したはずの証文を手に、賭場を仕切っている数珠持ちの傳蔵親分(内野聖陽)を伴って、ちょうど焼香に帰った栄太郎が弟妹とで揉めている京やに乗り込んでくる。

傳蔵の仕組んだ最後のオチで京やは救われるのだが、これが少々もの足らないのはともかく、傳蔵に平田屋を裏切らせるに至った部分が、描かれていないことはないがあまりに弱い。が、内野聖陽による2役は、おしのが永吉を正吉と思い込んだことを印象付けるなかなかのアイディアだ(傳蔵は正吉だったことを再三匂わせているわけだから)。

平野屋が悪者なのは間違いないが、浅間山の噴火の影響で江戸の豆腐屋が困っているのに京やだけが値上げしないというところでは、永吉の「値上げをしないのが信用」という言葉が単調なものにしか聞こえない。寄合の席で栄太郎が居心地が悪くなるわけだ。もっともその後の栄太郎の行動は、甘ったれた弁解の余地のないものでしかないのだが。

栄太郎が賭場で金を使い込み、その取り立てに傳蔵がきて、おふみが33両を返し(臍繰りか)、さらに金を持ち出そうとした栄太郎にそれを与えている(これで栄太郎は勘当となる)し、永代寺から借りていた家作を買わないかという話にも応じようとしていた。そんなに金を貯め込めるのだったら、値上げをしないことより、それ以前にもっと安く売るのが本筋ではないかと思ってしまう。

豆腐を作る過程をきちんと映像にしているのはいいが、CGは意識してなのかもしれないが全体に明るすぎだし、「明けない夜がないように、つらいことや悲しいことも、あかね色の朝が包んでくれる」という広告のコピーに結びつけた最後のあかね空も取って付けたみたいだった。

そしてそれ以上に落ち着かなかったのが人物描写におけるズーミングで、どれも少し急ぎすぎなのだ。カメラワークはそうは気にしていないが、時たま(今回のように)相性の悪いものに出くわすと、それだけで集中できなくなることがあって、重要さを認識させられる。

 

【メモ】

気丈なおふみの口癖は「平気、平気やで」。

「上方から来たのは下りもんといってありがたがられる」のだと、平田屋は京やの店開きを警戒する。

傳蔵の手首のあざ。

2006年 120分 ビスタサイズ 配給:角川ヘラルド映画
 
監督:浜本正機 エグゼクティブプロデューサー:稲葉正治 プロデューサー:永井正夫、石黒美和 企画:篠田正浩、長岡彰夫、堀田尚平 原作:山本一力『あかね空』 脚本:浜本正機、篠田正浩 撮影:鈴木達夫 美術:川口直次 編集:川島章正 音楽:岩代太郎 照明:水野研一 整音:瀬川徹夫 録音:藤丸和徳
 
出演:内野聖陽(永吉、傳蔵)、中谷美紀(おふみ)、石橋蓮司(清兵衛)、岩下志麻(おしの)、中村梅雀(平田屋)、勝村政信(嘉次郎)、泉谷しげる(源治/おふみの父)、角替和枝(おみつ/おふみの母)、武田航平(栄太郎)、細田よしひこ(悟郎)、 柳生みゆ(おきみ)、小池榮(西周/永代寺住職)、六平直政(卯之吉)、村杉蝉之介(役者)、吉満涼太(着流し)、伊藤高史(スリ)、鴻上尚史(常陸屋)、津村鷹志(上州屋)、石井愃一(武蔵屋)、東貴博〈Take2〉(瓦版屋)