ハミングライフ

テアトル新宿 ★☆

■習作メルヘン

洋服を作る仕事につくのだと上京したものの、面接に落ち続けてばかりの22歳の桜木藍(西山茉希)は、背にメロンパンはかえられぬ(蛙の置物にひかれて、か)と、通りすがりの雑貨屋でアルバイトをはじめることになった。そんなある日、雑貨屋の近くの公園で藍は、粗大ゴミと犬の餌の皿と、その持ち主?の野良犬(っぽくない)を、そして樹のうろには宝箱を見つける。中には可愛い犬の絵にHollow. What a beautiful would.と書かれたメッセージ。楽しくなった藍が返事を書くと……。

手紙は託児所グーチョキで働く小川智宏(井上芳雄)が書いたもので、いつもひとり託児所に残っているのは、仕事で帰りが遅いくせに子供に当たり散らす母親がいるせいなのか。だからって藍と智宏がまるっきりすれ違いってことはないはずなのに、ふたりは文通だけで名乗り合い、親交を深めていく。

樹のうろを通しての文通なんて大昔の少女漫画にもあったよなー。でも都会の公園の、そんな見つけやすい場所でさあ。オーナーの結婚話で雑貨屋が閉店になってしまうのに会わせたように、粗大ゴミの撤去があって、ドドンパ(ふたりが犬に付けた名前。ひでー)と宝箱も消えてしまう。ドドンパは保健所が捕獲してしまいそう(だから、犬だとまずくないか)だけど、宝箱が一緒になくなってしまうというのはどういうことなのだ。

ということで、お会いしませんかと書いた藍に、さっそくだけど明日の夕方6時に、という智宏の返事は、彼の一方的な約束となってしまう。すっかり綺麗になってしまった公園を前に、文通ができなくなって落ち込む藍だが、服が完成したらぜひ見たいという智宏の言葉を思い出して服作りに励む。雑貨屋では先輩だった後藤理絵子(佐伯日菜子)が訪ねてきて(恋も終わった、友達もいないと言ってた藍だったのにね)、服ができたらそれを持って就職先をあたれば、とうれしいアドバイスをしてくれる。

完成した服を着て藍が街に出ると、ドドンパという共通記号によって智宏と出会う、というのが最後の場面だ。

どこまでもほんわかメルヘン仕立て。別にそれが悪いというのではないが、どれも奥行きがない。そしてそれ以前に、細かいことを書いても仕方ないと思ってしまうくらい、すべてがまだ習作という範囲を出ていない。演技の点でも、西山茉希だけでなく、もうベテランのはずの佐伯日菜子までがヘタクソなのには閉口した。

ただ、文通の中で語られる智宏が作ったお話しは素敵だ。必要がなくなったからとギターを売りにやってきた青年に、質屋が曲を所望し、青年がそれで歌を歌うと、このギターを買えるほどのお金はない、という話はまあ普通(演出は最悪)だが、大きな木の下に残された青年の話はいい。

この青年は、実は前に木の下にずっといた少年に代わってあげたのだった。この子の存在はみんな知っていたのだけど、声をかける人はいなくて、青年はそのこと(無視していたこと)を気にしていた。少年は「ボクに話しかける人を待っていたんです」と言って、青年を残して行ってしまう。でも青年は代わってあげられたことがうれしくて仕方がない。大きな木だから雨が降っても大丈夫だし、おいしい実もなるし……というだけの話なのだけどね。

智宏は自分でお話しを作ったことに勇気づけられるように、子供を叱ってばかりの母親に「少しでいいんです。やさしくあげてほしいんです」と言うのだが、現実部分になるとしっくりこない。「この世界には様々な営みがあって……自分だけが気付く小さな小さな営み」に藍は惹かれているのだけど、だったら映画もそこにこだわって欲しかった。

2006年 65分 シネスコ

監督・編集:窪田崇 原作:中村航『ハミングライフ』 脚本:窪田崇、村田亮 撮影:黒石信淵 音楽:河野丈洋 照明:丸山和志
 
出演:西山茉希(桜木藍)、井上芳雄(小川智宏)、佐伯日菜子(後藤理絵子)、辛島美登里
(雑貨屋のオーナー)、石原聡(大きな木に残された青年)、坂井竜二(ギター弾きの男)、 里見瑶子、長曽我部蓉子、マメ山田、諏訪太朗(質屋)、秀島史香(声のみ)

エレクション

2007/01/28 テアトル新宿 ★★☆

■静かな男が豹変する時……

5万人もの構成員を擁する和連勝会という香港最大の裏組織では、2年に1度行われる幹部会議での次期会長選挙が近づいていた。候補者は、年長者からの人望が厚いロク(サイモン・ヤム)に、強引に勢力を広げてきたディー(レオン・カーファイ)。選挙とはいえ裏工作はすさまじく、単なる穏健派と武闘派という枠を超えた闘いになっていた。

過半数を抑えていたはずのディーだったが、なりふり構わぬ賄賂などを長老幹部のタン(ウォン・ティンラム)に指摘され、ロクに破れてしまう。納得できないディーは、自分の意に添わない者を報復し、前会長のチョイガイには会長職の象徴である竜頭棍をロクに渡さないよう脅す。

ここからはこの竜頭棍をめぐっての争奪戦が始まるのだが、冷静に考えれば、じゃあ一体選挙はなんだったのだ、と思ってしまう。一連の不穏な動きに警察が口をくわえているはずもなく、ディーやロクを含めた和連勝会の幹部たちは次々に逮捕されてしまうが、すでに竜頭棍の争奪戦は部下たちによる争いになっていた。映画のかなりの時間を占める広州(チョイガイの命で竜頭棍は本土に渡っていた)から香港に至るこの争いは、登場人物が入り乱れて少しわかりにくいのだが、下部組織ではお互いに敵か味方かの区別さえ定かでないという馬鹿らしい状況は演出できていた。

これだけの争いを繰り広げながら、結局は手打ちのようなことになって、何とも重々しい儀式が執り行われるのだが、竜頭棍といい、この儀式といい、まったく理解不能。常に組織のまとめ役を意識しているロクや、最終的に竜頭棍を手に入れた頭脳的なジミー(ルイス・クー)が幹部への道を約束されたことで儀式を利用するのはまだしも、「新和連勝会」を立ち上げて宣戦布告までしたディーが神妙な顔つきをしてその場にいるのである。

ロクから次の会長選での支持を約束されたディーは、ロクと肩を並べるようにしてしばらくは我が世を謳歌していたが、調子に乗って「俺たちも会長を2人にしねえか」とロクにもちかけたことで、ロクの本性が剥きだしとなる恐ろしい結末を迎えることになる。

ロクの豹変ぶりは、いままでの彼の性格からは想像しにくいだけに恐怖度が高い。しかも殺しの手口は銃などではなく、一緒に釣りに行った先にころがっていた何ということもない大きな石で、しかしその行為の執拗さは狂気を思わせるものだ。ディーに必要以上にハイテンションな演技をさせていたのはこのラストシーンのためだったか。あれだけ暴れまくっていた(しかしそうはいってもやはり幼稚でしかない)男のあまりにあっけない最期。ロクはディーの妻も同じように殺して埋めてしまうのだが、その一部始終を彼の子供が見ているという、なんとも居心地の悪い場面まで用意されている。

ラストに限らずヒリヒリするような痛みを伴う映画ではあるが、意味のない竜頭棍の争奪戦や儀式が、それをぶち壊していないか。意味のないことを繰り返していることに批判の矛先があるのかもしれないが、私には興味のない世界でしかなかった。

【メモ】

中国黒社会の源流が少林寺にあるというようなことがいわれていたが、その真偽はわからない。ただ「漢民族の名の下に……」という部分は本当らしい。HPには「組織の歴史は17世紀にさかのぼる。満州族の清王朝支配を打倒し、漢民族王朝を復活するために、血の誓いを交わして結ばれた秘密結社として発足」とある。

原題:黒社會 英題:Election

2005年 101分 シネスコサイズ 香港 R-15 日本語版字幕:■

監督:ジョニー・トー[杜(王其)峰] 製作:デニス・ロー[羅守耀]、チャールズ・ヒョン[向華強]、ジョニー・トー 脚本:ヤウ・ナイホイ[游乃海]、イップ・ティンシン[葉天成] 撮影監督:チェン・チュウキョン[鄭兆強] 音楽:ルオ・ダーヨウ[羅大佑] 編集:パトリック・タム[譚家明] 衣装:スタンレー・チョン[張世傑] 美術監督:トニー・ユー[余興華] スチール:岡崎裕武

出演:サイモン・ヤム[任達華](ロク)、レオン・カーフェイ[梁家輝](ディー)、ルイス・クー[古天樂](ジミー)、ニック・チョン[張家輝](フェイ)、チョン・シウファイ[張兆輝](ソー)、ラム・シュー[林雪](ダイタウ)、ラム・カートン[林家棟](トンクン)、ウォン・ティンラム[王天林](タン)、タム・ビンマン[譚(火丙)文](チュン)、マギー・シュー[邵美(王其)](ディー夫人)、デヴィッド・チャン[姜大衛](ホイ警視)