佐賀のがばいばあちゃん

2006年08月27日 日曜日

楽天地シネマズ錦糸町-3 ★

■辛い話は昼にせよ(収穫はこれのみ)

漫才コンビ“B&B”の島田洋七による同名の自伝的小説の映画化。「がばい」は佐賀弁ですごいの意。

明広(池田壮磨→池田晃信→鈴木祐真)は原爆症で父を亡くし、兄と共に居酒屋で働く母(工藤夕貴)に育てられていたが、泣き虫で母の足手まといになることが多かった。伯母の真佐子(浅田美代子)が見かねてのことか母が頼んだのか、新しい服を着せられ新しい靴を履かされたうれしい日に、騙されるように真佐子に連れられて佐賀の祖母のもとにやってくる。

着いたとたん挨拶もそこそこに、しかも夜だというのに次の日からの飯炊き係を言い渡される明広。こうして2人の生活がはじまることになるのだが、ようするに昭和30年代の佐賀を舞台にしたばあちゃんと少年の話で、映画は昔流行った『おばあちゃんの知恵袋』の貧乏生活篇的様相を帯びる。

夫の死後7人の子を育てたというがばいばあちゃん語録を列記すると、「川はうちのスーパーマーケット」(上流にある市場で捨てられたくず野菜や盆流しの供物が流れずに引っかかるように工夫してある)、「この世の中、拾うものはあっても捨てるものはない」(外出時には道に磁石をたらすことを忘れない)、「悲しい話は夜するな、どんない辛い話でも昼したら大したことない」、「今のうち貧乏をしとけ、金持ちになったら大変よ、よかもん食べたり、旅行へ行ったり、忙しか」などとなる。

貧乏についても「暗い貧乏と明るい貧乏」があって「うちは明るい貧乏」なのだと説く。まあ、たしかに。もっともばあちゃんの家は門構えも立派なら垣根も堂々たるもので、台所は敷地内の「スーパーマーケット」小川を渡った先にあるのだ。こんな広い家に住んでいて貧乏とはね。今とは違う価値観の中に放り込まれて、それは頭ではわかるのだが貧乏を実感できない恨みは残る。

明広が剣道をやりたいと言えば、竹刀や防具にお金がかかるといい、明広が柔道に格下げ?しても柔道着がいるからだめで、ばあちゃんから許しが出るのは走ることだった。それも靴が磨り減るから素足にしろ、全力疾走は腹が減るからダメ、とこんな調子の話が続く。

ただ明広が中学の野球部でキャプテンになったことを知って、スパイクを買いに行く話はどうか。夜、閉店しているスポーツ用品店をたたき起こし、店の親父に1番高いのが2500円と言われて1万円にならんかと詰め寄る。必要なものにはお金を惜しまないところを見せたかったのだろうが、この演出は白ける。

他にも先生たちとの弁当交換話や、マラソン大会での母との再会などがあるが、ばあちゃん語録からそういう話に格上げされたものはどれも出来が悪い。この積み重ねが、最後の中学を卒業し母の所へ帰ることになる明広とばあちゃんの別れの場面を、薄めてしまったのではないか。

母との再会(何と長い年月! それも1度も会っていないのだ)では、明広の兄が何故来ないのか(単純に金がなかったのかもしれないが)、そして明広を兄と差別したことの後ろめたさを、母に語らせてもよかったのではないかと思うのだが。

しかし、この映画の1番の難点は、吉行和子ががばいばあちゃんのイメージにそぐわないことではないだろうか。そして大人の明広も、本人の島田洋七ではなく、何で三宅裕司なんだろう。本人でないのなら、この大人の視線部分は不要だろう。とんでもない事件が起きるわけではないので、演出が平坦になることを避けたのかもしれないが、意味があるとは思えない。

【メモ】

明広の弁当が貧弱なのは有名らしく、先生が今日は腹具合が悪いからと明広に腹に負担のかからない弁当と交換してくれと言うのだが、これが何人も……。不思議がる明広に、ばあちゃんは「人に気付かれないのが、本当の優しさ、親切」と解説する。

「明広、行くな」最後に残されたばあちゃんは、号泣しながら叫ぶ。

2006年 104分 サイズ:■

監督:倉内均 脚本:山元清多、島田洋七 原作:島田洋七『佐賀のがばいばあちん』 撮影:三好保彦 美術:内藤政市 編集:阿部亙英 音楽:坂田晃一
 
出演:吉行和子(ばあちゃん)、工藤夕貴(岩永明広の母)、浅田美代子(真佐子)、鈴木祐真(中学生の明広)、池田晃信(小学校高学年の明広)、池田壮磨(小学校低学年の明広)、穂積ぺぺ(小2担任教師)、吉守京太(警官)、石川あずみ(看護婦)、緒形拳(豆腐屋)、三宅裕司(大人の明広)、島田紳助(スポーツ店主)、島田洋八、山本太郎(中野先生)

僕の、世界の中心は、君だ。

2006年08月27日 日曜日

楽天地シネマズ錦糸町-4 ★★

■ヘンな設定はなくなっているが

細かいことはもう忘れたが、あり得ない偶然の連続にうんざりだった『世界の中心で、愛をさけぶ』。あんな馬鹿げた話をわざわざリメイクするって? 不純な興味で観ることにしたのだが、とても同じ話とは思えず、狐につままれたような気分だった(確かに同じだという部分も、だんだん思い出してはきたけどね)。

婚約者の失踪もなければ、婚約者と主人公の初恋のつながりもない。そりゃそうだ、婚約者そのものがこの映画には出てこないのだから。さすがにリメイクだ、あのどうしようもない設定をきれいさっぱり取っ払ってしまったのね。が、そうなると難病ものという陳腐きわまりないメロドラマだけが残ってしまうことになるが……。

10年ぶりのテミョン高校の同窓会に出席したスホ(チャ・テヒョン)は、いまだに初恋の人の思い出を引きずっていて、仲間からも半分は親愛の気持ちからとはいえ、からかわれてしまう。そして、物語は10年前に飛ぶ……。

マドンナ的存在のスウン(ソン・ヘギョ)がまさか自分のような平凡な男に、というスホのとまどいが微笑ましい。これは男にとっては究極の設定かも。が、仲間のはからいで島へふたりきりで旅行、ファーストキス、そして突然の発病、と続く展開はあまりにもありきたり。

難病だからといってめちゃめちゃ暗くなるわけでもないし、日本版のようにヘンな小細工(病気を装ったラジオの投稿など)がないのはいいが、だからといってこれだと物足りない。その反動か、快復の見込みがなくなったスウンを台風で欠航になっているというのに島に連れて行こうとする場面の強引さは何なのだろう。スウンは苦しがっているし、で、ここは観ているのが辛くなってしまったぞ。

スウンが撒いた種が一面の花を咲かせるラストも、日記の存在を際だたせるほどにはなっていない。まあ、これは初恋的味付けということで。

しかし、この終わり方では結局初恋の想いがそのまま残って、ようするに巻頭の同窓会からただ過去に戻ってお終いということになり、構成上からも回想した意味がなくなってしまう。今どんなふうに生きているのかというようなことでもいいと思うのだが、何故何も付け加えないのだろう。現在のシーンがなければ、主人公だってもっと若い人を使えただろうに。

ところでこの映画には、葬儀屋をしているスホの祖父(イ・スンジェ)の初恋の話もあって、これが挿話というよりはサイドストーリーに近い扱いとなっている。祖父の場合は、初恋の人の娘からその人の想いを知って感謝する(「ありがとう。君も僕を覚えていてくれて」)のだが、これも扱いの大きさの割には意味があるとは思えなかった。

余談になってしまうが、祖父がこの話をはじめるきっかけが妙ちくりんだ。学校に危篤(ただ具合が悪いだったか?)の電話が入ってスホがあわてて戻るのだが、祖父はぴんぴんしていて「ビールを飲みながら話がしたかっただけ」などと言うのだ。本人がそんなことのために電話? そりゃないでしょ。

    

【メモ】

スウンは、ポケベルのボイスメッセージでスホに想いを告げる。ポケベルは映画ではピッピと言われていた。

名前の漢字を訊くのは、日本版では違和感があるが、韓国はハングル表記が普通だからぴったりのような。

貧血姫(スホがスウンに付けた呼び名)。

無菌室に隔離されたりはするが、病気そのものの映像としては、抜けた髪の毛をスウンが手にしている場面がある程度。

エンディングは『瞳をとじて』(作詞・作曲:平井堅、歌:チャ・テヒョン)。

(06/9/8追記) 気が付かなかったが「竹島」が写っている(撮影された?)ことがネットで問題になっているようだが?? 映画では旅行で行った島は「アンゲ島」(架空の島)だし、ロケ地も巨済島(コジェド)なのにね。

原題:甯誤梠・シ・俯ウエ(波浪注意) 英題:My Girl & I2005年 97分 韓国 シネマスコープ 日本語字幕:根本理恵

監督:チョン・ユンス 脚本:ファン・ソング 撮影:パク・ヒジュ 音楽:イ・ドンジュン
 
出演:チャ・テヒョン(スホ)、ソン・ヘギョ(スウン)、イ・スンジェ(キム・マングム/スホの祖父)、キム・ヘスク(スホの母親)、ハン・ミョング(スウンの父親)、パク・ヒョジュン(ソンジン)、キム・ヨンジュン(ヒソン)、ソン・チャンウィ(ジョング)、キム・シニョン(民宿のおばあさん

東京フレンズ The Movie

2006年08月29日 火曜日

TOHOシネマズ錦糸町-7 ★★

■1番最初に描いた夢などとっくに忘れてしまった身としては

題名にThe Movieとあるのは先行してDVD作品があるかららしいのだが、もちろんそれは未見。最初の方で、それまでのバンドの経緯などが少し駆け足気味だったり涼子(真木よう子)の場合結婚が決まっていたりするのは、映画用にダイジェストにしたのだろう。ほかの部分でも続編扱いのようなところがあった。

高知から上京してきた玲(大塚愛)が、東京でバイトをしながら自分の夢をかなえていくという話。他の女の子3人も同じ居酒屋のバイト仲間(1人はアメリカにいたから違うのかも)で、玲が音楽なら、芝居に結婚に絵と、結婚(これも雰囲気からすると玉の輿願望だったような)はともかく、じいさん視線で見るとどれもハードルが高く少々浮ついたもの。

もっともそれを言ってしまったらおしまいか。何度も繰り返される「1番最初に描いた夢をあなたは覚えてる?」というセリフがこの映画の言いたいことらしいから。そう言われてしまうと、夢を具象化することすら出来なかった身としてはぐうの音も出ないのだが。

4人の中で話のメインになっている玲だが、彼女にとっては夢が描けなかったのは田舎にいた過去のことであり、バンドが成功の道を駆け上がりつつある今、あの頃よりはずっと幸せなのだと言う。そんな玲だが、「お前の声が好き」と自分のことを認めてくれた隆司(瑛太)のことがいつまでも忘れられない。彼は自分の詩で歌いたいとバンドを去り、そのあともトラブルを起こして姿を消したままだったのだ。

隆司が消えたのは、移籍したメジャーデビュー目前だった「フラワーチャイルズ」というバンドで、メンバーが暴行事件を起こしたことによる。が、これはあとでわかることなのだが、そもそもは「サバイバルカンパニー」が玲のバンドになってしまうことを恐れていたからのようだ。

このあと真希(小林麻央)の情報で、ニューヨークに渡った玲は隆司を見つけ、彼に自分の気持ちをやっと伝える。思いっ切り予定通りの展開だよ。しかも街で見かけただけという曖昧な情報(旅行だったらどうするんや)だけで土地勘もない(真希も手伝ってはくれたが)イーストビレッジを歩き回って探し出してしまうんだからねぇ。そして東京からはライブの予定が迫っているというファクスが。どうする!

というわけで、甘ーい時間を楽しんだあと、ひと通りの悶着があって(隆司の生き方はそう簡単には決められないものね)、でも結末はとりあえずは玲1人で日本に帰るという、これはいい意味で裏切ってくれたわけだけど、言っていないことがあったからと空港で「アイ、ラブ、ユーッ!」と大声で叫けばれては、じいさんとしてはついていけないのだな。しかも「日本語で言ってよ」と返してたけど、あれは私にもわかるくらいの正真正銘の日本語ではなかったかと。

最後はライブシーン。これはさすがに様になっていて、挽回しようとしてか3曲フルで流していた。

他の子たちにも簡単にふれておくと、ひろの(松本莉緒)は先輩にふられて新しい劇団に移る。ここで詐欺事件に巻き込まれ、先輩を見返してやろうとした公演はあえなくオジャンとなってしまう。が、その過程で人に頼らず自分自身で生きていく足がかりを見つける。涼子は結婚生活の現実に直面し、真希は実はニューヨークでは絵は1枚も売れてはおらず、同居の彼、小橋亨(佐々木蔵之介)がハードゲイだったという新事実も……。

こうやってながめてみると、そうは甘い話にはなっていないのだけど、何か違和感が。たぶん夢について必要以上に言葉で語りすぎているからではないだろうか。最後のライブシーンになっても、まだ「あなたのために」とか「隆司が見つけてくれた夢だから」とか言ってたもんなー。

  

【メモ】

バイトの居酒屋は「夢の蔵」。

「結婚式も新婚旅行もなし……じゃあ何のための結婚?」(涼子)。

ニューヨーク行きは、涼子が新婚旅行(1人で行く?)のチケットを玲に譲ってくれて実現する。HISのチケット。宣伝はもう少しさらっと見せんか!

再会した隆司は記憶喪失になったとか馬鹿なことを言う。言うだけでなく、行動も。

2006年 115分 サイズ:■

監督:永山耕三 脚本:衛藤凛 撮影:猪本雅三 美術:磯見俊裕 音楽:佐藤準
 
出演:大塚愛(岩槻玲)、松本莉緒(羽山ひろの)、真木よう子(藤木涼子)、小林麻央(我孫子真希)、瑛太(新谷隆司)、平岡祐太(田中秀俊)、伊藤高史(奥田孝之)、中村俊太(永瀬充男)、佐藤隆太(里見健一)、佐々木蔵之介(小橋亨)、北村一輝(笹川敬太郎)、勝村政信(笹川和夫)、古田新太(和田岳志)

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