トゥモロー・ワールド

新宿武蔵野館2 ★★★★

■この未体験映像は映画の力を見せつけてくれる

人類に子供が生まれなくなってすでに18年もたっているという2027年が舞台。

手に届きそうな未来ながら、そこに描かれる世界は想像以上に殺伐としている。至るところでテロが起き、不法移民であふれている。だからか、イギリスは完全な警察国家となり果て、反政府組織や移民の弾圧にやっきとなっている。世界各地のニュースは飛び込んでくるものの(映画のはじまりはアイドルだった世界一若い青年が殺されたというニュース)、社会的秩序がかろうじて保たれているのは、ここイギリスだけらしい。

ただこの未来については、これ以上は詳しく語られない。2008年にインフルエンザが猛威をふるったというようなことはあとの会話に出てくるが、それが原因のすべてだったとは思えない。だからそういう意味ではものすごく不満。だいたい子供が生まれない世界で、難民があふれかえったりするのか。よく言われるのは、労働力不足であり活力の低下だが、少子化社会とはまた違う側面をみせるのだろうか。

政府が自殺剤と抗鬱剤を配給している(ハッパは禁止)というのもよくわからない。テロにしても、主人公セオ・ファロン(クライヴ・オーウェン)の古くからの友人で自由人の象徴のような形で登場するジャスパー・パルマー(マイケル・ケイン)によると、政府の自作自演と言うし。政府にとっては、自暴自棄になっている人間など生かしておいても仕方ないということか。

一方で、あとでたっぷり描かれる銃撃戦や暴動に走る人間たちの、これは狂気であって活気とは違うのかもしれないが、すさんだ行動エネルギーはどこからくるのだろう。子供の生まれない社会(つまり未来のない社会ということになるのだろうか)のことなど考えたこともないから、活力の低下にしても、社会という概念が崩壊していては、そんなに悠長ではいられないのかもしれない、と書いているそばからこちらの思考も定まらない。

エネルギー省の官僚であるセオは、元妻のジュリアン・テイラー(ジュリアン・ムーア)が率いるフィッシュ(FISH)という反政府組織に拉致される。妊娠した(こと自体がすでに驚異なのだ)黒人女性のキー(クレア=ホープ・アシティー)をヒューマンプロジェクトなる組織に引き渡すためには、どうしても通行証を持つ彼が必要なのだという。そのヒューマンプロジェクトなのだが、アゾレス諸島にコミュニティがある人権団体とはいうものの、その存在すら確証できていないようなのだ。

そして、その20年ぶりに会ったジュリアンは、フィッシュ内の内ゲバであっけなくも殺されてしまう。セオはキーとの逃亡を余儀なくされ、ジャスパーを巻き込み(彼も殺される)、不法移民の中に紛れ(通行証は役に立ったのか)、言葉も通じないイスラム系の女性に助けられ、キーの出産に立ち会い、政府軍と反政府組織の銃弾の飛び交う中を駆けめぐり、あやふやな情報をたよりにボートに乗り、海にこぎ出す。すると、霧深い海の向こうから約束どおりトゥモロー号は姿を現す。が、銃弾を浴びたセオの命は消えようとしていた。

筋としてはたったこれだけだから、まったくの説明不足としかいいようがないのだが、途中いくつかある長回しの映像が、とてつもない臨場感を生み、観客を翻弄する。まるでセオの隣にいて一緒に行動しているような錯覚を味わうことになる。冒頭のテロシーンもそうだが、ジュリアンの衝撃の死から「その場にいるという感覚」は一気に加速し、セオが逃げるためとはいえ石で追っ手を傷つけるところなど、すでにセオと同化していて、善悪の判断がどうこうとかいうことではなく、ただただ必死になっている自分をそこに見ることになる。

最後の市街戦における長回しはさらに圧巻で、これは文章で説明してもしかたないだろう。カメラに付いた血糊が途中で拭き取られていたから、少しは切られていたのかもしれないが、そんなくだらないことに神経を使ってさえ、緊張感が途絶えないのだから驚く。

銃撃をしていた兵士たちが、赤ん坊の泣き声を耳にして、しばらくの間戦闘態勢を解き、赤ん坊に見入る場面も忘れがたい。この前後の場面はあまりに濃密で、だからそれが奇跡のような効果を生んでいる(赤ん坊の存在自体がここでは奇跡なのだから、この説明はおかしいのだが)。

セオは死んでしまうし、トゥモロー号が本当にキーと赤ん坊を救ってくれるのかは心許ないし、最初に書いたように背景の説明不足は否めないし、と、どうにも中途半端な映画なのだが、でも例えば、自分は今生きている世界のことをどれほど知っているだろうか。この映画で描かれる収容所や市街戦は、まるで関係のない世界だろうか。そう自問し始めると、テレビのニュースで見ている風景に、この映画の風景が重なってくるのだ。これは近未来SFというよりは、限りなく今に近いのではないかと。ただその場所に自分がいないだけで。

この感覚は、セオと一緒になって市街戦の中をくぐり抜けたからだろう。そして、我々が今を把握できていないかのようにその世界観は語られることがないのだが、それを補ってあまりあるくらいに、市街戦や風景の細部(セオの乗る電車の窓にある防御用の格子、至るところにある隔離のための金網、廃液のようなものが流れ遠景の工場からは煙の出ている郊外、荒廃した学校に現れる鹿など)がものすごくリアルなのだ。

 

【メモ】

なぜ黒人女性のキーは妊娠できたのか?(この説明もない)

セオはジュリアンとの間に出来た子供を事故で失っている。

ジャスパーは、元フォト・ジャーナリスト。郊外の隠れ家でマリファナの栽培をし、ヒッピーのような生活をしている。

原題:Children of Men

2006年 114分 ビスタサイズ アメリカ、イギリス 日本語字幕:戸田奈津子

監督:アルフォンソ・キュアロン 原作:P・D・ジェイムズ『人類の子供たち』 脚本:アルフォンソ・キュアロン、ティモシー・J・セクストン 撮影:エマニュエル・ルベツキ 衣装デザイン:ジェイニー・ティーマイム 編集:アルフォンソ・キュアロン、アレックス・ロドリゲス 音楽:ジョン・タヴナー
 
出演:クライヴ・オーウェン(セオ・ファロン)、ジュリアン・ムーア(ジュリアン・テイラー)、マイケル・ケイン(ジャスパー・パルマー)、キウェテル・イジョフォー(ルーク)、チャーリー・ハナム(パトリック)、クレア=ホープ・アシティー(キー)、パム・フェリス(ミリアム)、ダニー・ヒューストン(ナイジェル)、ピーター・ミュラン(シド)、ワーナ・ペリーア、ポール・シャーマ、ジャセック・コーマン

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