チェンジリング

2009年2月25日 水曜日

109シネマズ木場シアター3 ★★★★

■母は強し

「真実の物語」ということわりがなければ、馬鹿らしいと憤慨しかねない内容の映画だ。

1928年3月にロサンゼルスで、クリスティン・コリンズの9歳の1人息子ウォルターが消えてしまうという事件が起きる。5ヵ月も経ったある日、遠く離れたイリノイ州でウォルターが見つかったという知らせが入り、クリスティンは駅に出迎えに行くが、警察の連れ帰った少年は別人だった。だが少年はウォルターだと言い張り(はあ?)、居合わせた(待ち構えていた)ジョーンズ警部に、とりあえずは息子と認めるよう言われ、新聞記者たちの注文とジョーンズ警部に促されたクリスティンは、ためらいながらも少年と2人で取材写真に収まってしまう。

別人なのにとりあえずって何なのだ、と激しく思ってしまうのだが、映画はこの不可解な状況を、まさにクリスティンの動揺をそのまま観客に押しつけるように物語を進めていく。こんなのは認めないよ、と心の中で叫んではみるのだが、何しろ「真実の物語」なのであるからして、認めるも認めないもないのだった。

クリスティンに話を戻せば、警察にはとにもかくにも息子を捜索してほしいわけで、苛立ちとは別にそういう遠慮も働いたのだろう。また1928年という時代状況もあったと思われる。米国のことはわからないが、日本だと戦前の警察には絶対的権威が存在していた認識があるし、映画の中でも遠慮のない発言があったように、女性蔑視という見えない力も介在していたことだろう。彼女がシングルマザーだったということもあったのではないか。

クリスティンの遭遇したこの不可解な、むろん彼女にとってはつらいだけの事件は、①当時の警察(市長、警察本部長からの構造的なもの)にあった恒常的な腐敗と、②嘘を突き通す身代わりの少年という存在(これがすごいよね)に、③さらには、というかもちろん一番の原因なのだが、親戚の子供を無理矢理手下にしたゴードン・ノースコットによる連続少年拉致殺人という、全く別の3つの要素(②は警察によって言いくるめられたという側面もあったのだろうが)が重なって起きたことが次第に判明してくる。

映画は事件解明という謎解きの面白さに加え、クリスティンが精神病院に送られてしまう理不尽さや、保身に走る警察、犯人ノースコットの素顔(これは裁判や死刑執行までもが描かれる)に、犯行を手伝わされたノースコットの従弟の少年、一方その少年の訴えに耳を傾けることになる刑事や、クリスティンに手を差しのべる長老教会のブリーグレブ牧師など、多岐にわたってその細部までを余すところなく伝えようとする(むろん収拾選択の結果の脚本だろうが)。

この誠実ともいえる姿勢が素晴らしい。あくまで正攻法で奇を衒うことなく、事件を丁寧に掘り下げていく。エピソードのどれもが驚きや示唆、あるいは教訓に満ちていて、その一々を書き連ねていきたい誘惑に駆られるが、それは映画に身を委ねて堪能すべきものだ。

息子の生存を信じて疑わないアンジェリーナ・ジョリーは熱演だが、モガ帽子(名前は知らない)にケバいメイクは、当時の流行にしても引いてしまいそうになった。クリスティンの勤める電話局は繁忙を極めていて(これが息子の誘拐に繋がってしまうのだが)、移動時間を節約するため、彼女はローラースケートを履いて仕事をしていた。ローラースケートはファーストフードのように見せる要素のある店だけと思っていたのだが。彼女は電話交換手なのだが、同僚を束ねる主任のような立場にあって、子育てだけでなく仕事にも熱心だったのだろう、昇進の話も出ていた。

こういうしっかりした背景描写の積み重ねが、映画の物語部分に厚みを出し、クリスティンが最後に見つける希望に、それがわずかなものであっても思いを重ねてたくなるのだろう。もっとも実際は、彼女は1935年には亡くなってしまったらしいし、彼女の夫のことなども「真実の物語」である映画は、隠蔽しているようである(事件の概要についてだけなら、それは文字情報や写真などにはかなわないし、虚構である映画の「真実の物語」にも触れなければならず、収拾がつかなくなること請け合いなので、今はやめておく)。

背景のロス市街の描写も凝ったものだ。市電にフォード、そして人々の行き交う街角からは生活臭すら漂ってきそうだった。エンドロールの固定カメラからのビル街のCGも実によく出来ていた。ここまで作り込んだら、誰だってこうやってしばらくは流して、眺めていたくなるだろう。

欠点らしきところが見つからないのだが、大恐慌の影がないのは気になった。事件のはじまりは1928年だからクリスティンの職場が大忙しだったのは頷けるが、不況の只中にあってもそうだったのか。西海岸は多少は影響も軽微だったとか(でも世界恐慌だからなー)。あるいは、電話という当時の最先端技術の現場では不況もそれほどは関係なかったとか。その頃のことをもっと知っていれば、さらに面白く観ることができそうである。

イーストウッド老人の近年の活躍には質量共に目を見張るものがある。そこに、またこんな正攻法の映画まで付け加えられては、ただただ脱帽するしかない。能がありすぎる鷹は爪の隠しようがないんでしょう。それにしても、かっこよすぎるよなぁ。

  

原題:Changeling

2008年 142分 アメリカ シネスコサイズ 配給:東宝東和 PG-12 日本語字幕:松浦美奈

監督・音楽:クリント・イーストウッド 製作:クリント・イーストウッド、ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、ロバート・ロレンツ 製作総指揮:ティム・ムーア、ジム・ウィテカー 脚本:J・マイケル・ストラジンスキー 撮影:トム・スターンプロダクションデザイン:ジェームズ・J・ムラカミ 衣装デザイン:デボラ・ホッパー 編集:ジョエル・コックス、ゲイリー・ローチ

出演:アンジェリーナ・ジョリー(クリスティン・コリンズ)、ジョン・マルコヴィッチ(グスタヴ・ブリーグレブ/牧師)、ジェフリー・ドノヴァン(J・J・ジョーンズ/警部)、コルム・フィオール(ジェームズ・E・デイヴィス/警察本部長)、ジェイソン・バトラー・ハーナー(ゴードン・ノースコット/牧場経営者)、エイミー・ライアン(キャロル・デクスター/精神病院入室者)、マイケル・ケリー(レスター・ヤバラ/刑事)、エディ・オルダーソン(犯人の従弟)

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