スパイダーマン3

2007年5月12日 土曜日

楽天地シネマズ錦糸町-1 ★★☆

■超人がいっぱい

スパイダーマン(トビー・マグワイア)の今回の敵は3人?+自分。

まずはいまだ父親を殺害したと誤解しているハリー・オズボーン(ジェームズ・フランコ)がニュー・ゴブリンとして登場する。しかしどうやってニュー・ゴブリンとなったかは省いてしまっている(ハリーも父親と同じ薬を飲んだとか。だったら彼も邪悪になってしまうけど)。そんなことを一々説明している暇はないのだろうけど、まあ乱暴だ。

次は、サンドマン。ピーターの伯父を殺したフリント・マルコ(トーマス・ヘイデン・チャーチ)が刑務所から脱走してしまうのだが、彼が素粒子実験場に逃げ込んだところでちょうど実験がはじまってしまい、体を砂のように変えられるサンドマンになっちゃう。簡単に超人(怪物)を誕生させちゃうのだな。まあ、そもそもスパイダーマンもそうなのだけど。

最後は宇宙生物。隕石に乗って地球にやってきた紐状の黒い生命体がスパイダーマンに取り憑く。この生命体は寄生生物で、人間にある悪い心に働きかけてくる(宿主の特性を増幅する)らしい。ピーターは前作でメリー・ジェーン・ワトソン=MJ(キルステン・ダンスト)の愛を手に入れたし(今回はどうやって結婚を申し込むかというところからスタートしている)、スパイダーマンもヒーローと認知されていて人気も高く、前作のはじまりとはまったく逆ですべてがうまく行っていて、そこにちょっとした慢心が生まれていた。寄生生物に取り憑かれる隙があったということなのだが、これまたファーストフードよろしく、あっと言う間の出来上がりなのだ。

スパイダーマンのスーツまで赤から黒に変わってしまうというのもよくわからないが、一応ピーターはヒーローであるからして、自分の中にいる悪の魅力に惹かれながらもその悪と戦うという構図。しかし、彼が苦悩の末剥ぎ取った寄生生物は、同僚のカメラマンでピーターに敵愾心を燃やすエディ・ブロック(トファー・グレイス)に乗り移って、スパイダーマンと同等以上の能力(これもわかるようでわからない)になって襲いかかってくる。

それにしても、何故これだけ沢山の敵を登場させなければならないのか。最近のアクション大作は、最初から最後まで見せ場を作ることが義務づけられているのだろうが、今回のように安易に敵の数を増やしては、その誕生の説明からまるで流れ作業のようになっていて、ちっとも訴えかけてこない。こんなことは監督とて承知のはずだろうに、それでも盛り沢山の構成を要求(誰に?)されてしまうんではつらいだろうな。

で、増やしすぎた結果、サンドマンと寄生生物に取り憑かれたエディ(チラシだとヴェノムと称している)が手を組んで、対スパイダーマンとニュー・ゴブリンのハリーというチーム戦にしてしまってはねー。もちろん、そのためにはピーターがハリーに助けを求める(MJのためだ、とも言う)という、この映画の大切なテーマがそこにはあるのだが、ハリーのいままでの思い違いを解く鍵を、オズボーン家の執事の「黙っていましたが、私はすべてを見ていました」にしてしまっては、力が抜けるばかりだ(もう1作での状況は覚えていないので何ともいえないのだが)。

その2対2のバトルも案外あっけない。ハリーの活躍があっての勝利だったが、そのハリーは死んでしまう。ハリーとの和解という切ない場面が、サンドマンの改心も(こういう風に併記してしまうところが問題なのだな)だが、とにかくすべてが駆け足では、どうこういうべき状況以前というしかない。

しかしそうしないことには、MJとの複雑な恋の行方が描けない、つまりその部分もいままでどおりにやろうっていうのだから、もう滅茶苦茶なんである。

スパイダーマンがヒーローとして人気を集めいい気になっているピーターは、舞台が酷評だったMJの気持ちをつい見逃してしまう。スパイダーマンの祝賀パーティーで、事故から救ったグエン・ステイシー(ブライス・ダラス・ハワード)と調子に乗ってキスをするに及んで、MJの気持ちもはなれてしまい、ピーターは伯母のメイ・パーカー(ローズマリー・ハリス)がプロポーズにとくれた婚約指輪を、MJに渡せなくなってしまう。

マルコの脱走のニュースがピーターに知らされるのもこのときで、彼は憎悪をつのらせる。ピーターには慢心だけでなく、こういう部分でも寄生生物に取り憑かれる要因があったってことなのね。

MJがハリーに傾きかけたり(お互い様なのだろうけど、これはそろそろやめてほしい)、またそれをハリーに利用されたりという事件も経て、「復讐」を「赦し」に変えるテーマが伯母の助言という形で語られるというわけだ。

不良もどきのピーターは持ち前のうじうじから解放されたようで、本人はうきうきなのだろうが(笑えたけどね)、でもヒーローでありながら悩めるピーターでいてくれた方が、スパイダーマンファンとしては安心できるのである。

 

【メモ】

まるでエンディングのような導入だが、ここには1、2作のカットが入れてある。

エンドロールで確認し忘れたので吹き替えかどうかはわからないのだが、キルステン・ダンストが酷評(声が最前列までしか届かないというもの)だった舞台で「They Say It’s Wonderful」(題名は?)をけっこう長く歌っていた。

ハリーはスパイダーマンとの死闘で記憶障害になり、ピーターとの間にしばし友情が戻る。

ハリーに記憶が返ってくるのは、MJとキスし、彼女がその事実にあわてて、ご免なさいと言いながら帰ってしまってから(MJはハリーが「高校の時君のために戯曲を書いた」という言葉にまいってしまったようだ)。このあとMJは憎悪の塊となったハリーに脅かされ、ピーターに好きな人が出来たと言わされる。

エディは、偽造写真を使っていたことをピーターにばらされ、会社を解雇されてしまう。

サンドマンは水に流されてしまうが、下水から蘇る。

ピーターはMJとのことを心配して尋ねてきてくれた叔母に指輪を返すが、叔母はそれを置いて帰っていく(助言をする場面)。

サンドマンの改心は娘の存在故で、そういえば最初から弁解じみたことを言っていた。とはいえ、これでピーターがマルコを赦してしまうのは、ちょっと説明が先走った感じだ。ピーターからの赦しの言葉を得て、サンドマンは砂となって消えていく。

〈070622 追記〉CINEMA TOPICS ONLINEにサム・ライミ監督の言葉があった。これはわかりやすい。でもだったらよけい、3は死んでしまうハリーを中心に話を進めるべきだった。そうすえばサンドマンやヴェノムはいらなくなって……これじゃ迫力ないと企画で却下されてしまうのかな。

http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=6210

シリーズ3作のメガホンをとるサム・ライミは言う。「『スパイダーマン』は、ピーターの成長の物語だ」。スパイダーマンとしての”運命”を受け入れた『スパイダーマン』。スパイダーマンとして生きる運命に”苦悩” した『スパイダーマン2』。そして『スパイダーマン3』では、ピーターの”決意”が描かれる。たとえ、どんなに自分が傷つこうとも、正しい心を、愛を取り戻すために、自らの心の闇の化身とも言うべきブラック・スパイダーマンと闘う。まさに「自分」への挑戦である。更にサム・ライミはこうコメントする。「『スパイダーマン』の物語の中心はピーター、MJ、ハリーの3人のドラマだ」。

原題:Spider-Man 3

2007年 139分 シネスコサイズ アメリカ 日本語字幕:菊池浩司 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

監督:サム・ライミ 製作:ローラ・ジスキン、アヴィ・アラッド、グラント・カーティス 製作総指揮:スタン・リー、ジョセフ・カラッシオロ、ケヴィン・フェイグ 原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ 原案:サム・ライミ、アイヴァン・ライミ 脚本: サム・ライミ、アイヴァン・ライミ、アルヴィン・サージェント 撮影:ビル・ポープ プロダクションデザイン:ニール・スピサック、J・マイケル・リーヴァ 衣装デザイン:ジェームズ・アシェソン 編集:ボブ・ムラウスキー 音楽:クリストファー・ヤング テーマ曲:ダニー・エルフマン

出演:トビー・マグワイア(ピーター・パーカー/スパイダーマン)、キルステン・ダンスト(メリー・ジェーン・ワトソン)、ジェームズ・フランコ(ハリー・オズボーン)、トーマス・ヘイデン・チャーチ(フリント・マルコ/サンドマン)、トファー・グレイス(エディ・ブロック/ヴェノム)、ブライス・ダラス・ハワード(グウェン・ステイシー)、ジェームズ・クロムウェル(ジョージ・ステイシー)、ローズマリー・ハリス(メイ・パーカー)、J・K・シモンズ(J・ジョナ・ジェイムソン)、ビル・ナン(ロビー・ロバートソン)、エリザベス・バンクス(ミス・ブラント)、ディラン・ベイカー(カート・コナーズ博士)、テレサ・ラッセル(エマ・マルコ)、クリフ・ロバートソン(ベン・パーカー)、ジョン・パクストン(バーナード/執事)、テッド・ライミ(ホフマン)、ブルース・キャンベル(クラブのフロアマネージャー)、パーラ・ヘイニー=ジャーディン(ペニー・マルコ)、エリヤ・バスキン(ディトコヴィッチ氏)、マゲイナ・トーヴァ(ウルスラ)、ベッキー・アン・ベイカー(ステイシー夫人)、スタン・リー(タイムズ・スクエアの男)

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